第13話 妖力と猫缶

「さて。問題はこの絵の中にいるだろう不動産屋をどうやって救出するか、だな」


食事も終わり、毛繕いも終えたヨキは、山吹さんの絵を見上げている。

私もその隣に立ち、一緒に絵を見つめながら答えた。


「入って探せば?」


「……前回も言ったが、お前の豪胆さには頭が下がる」


ヨキは呆れて言った。


「何でよ?」


「女郎蜘蛛の縄張りに乗り込もうなんて、命知らずだと言ってるんだ」


「じゃあさ、長義さん連れてけばいいんじゃない?」


「……簡単に言ってくれるよな……誰かを連れて絵に入ると言うのは、かなりの妖力を使うのだぞっ?」


「妖力で済むならいいじゃない?後で猫缶食べとけば?」


私の言葉に、ヨキは尻尾をぶんぶんと振りプンスカ怒った。

しかし、いくら怒っても猫。

全然怖くないし、逆にコミカルで可愛く見えて困る。

怒るヨキは、幸せそうな笑顔の私を見て溜め息をつき、その後、何か閃いたようにすり寄ってきた。


「芙蓉よ、退治屋を連れて、女郎蜘蛛の絵に行ってやろう!」


「え?本当?」


「おう。だがっ!それとに引き換えに欲しいものがある!」


……ああ、わかってしまった。

ヨキの欲しいものなんて、どうせ猫缶に決まってる。

『至高のクロマグロ』を買った時、もう一つの高級猫缶を気にしていたのを私は知っている。

目をキラキラさせながら「にゃうーん」と足の間を行ったり来たりするヨキ。

まぁ、高級と言えども猫缶ごときで働いてくれるなら安いもの。

私は笑顔で答えた。


「いいよ?何が欲しいの?」


「んっ?良いのか?……あ、あのな……《これぞ究極!天然のどぐろ、いいとこ取り!》……という猫缶なのだが……」


ヨキはモジモジしながら言った。

一応、遠慮はしているらしい。

一般的な価格を知らないヨキは、絵が売れた分でやっと買えるような高いものだと思っているのだろう。

……そんなことはないんだけどね。


「わかった!いいよ!」


「そ、そうか!良し、契約成立だな!ではまず、退治屋の所に行かなくては」


「うん、行こう!漆原さんが心配だし」


「……本当に心配しているのか?」


小さく呟いたヨキを無視して、私は出された前足を掴む。

すると今度は、最初の時と同じように景色が歪み、やがてきらびやかな屋敷が視界に入ってきた。


「おお!芙蓉殿!猫又よ!」


長義さんは走り寄って来て、私の肩を掴んだ。


「山吹が帰ってきたな!気配でわかる!」


嬉しそうな長義さんに、グラグラと体を揺すられた私は、言葉を出すことが出来ず、ひたすら愛想笑いをする。

ヨキは災難から逃れるように、長義さんから距離を取ると、その背にめがけて言った。


「退治屋。女郎蜘蛛の絵は帰ってきたが、実は問題発生なのだ」


「問題?何だ?」


ご機嫌の長義さんは、クルリとヨキを振り返る。

と、同時に私の肩から手を離した。

良かった……あれ以上揺すられると、お昼ごはんが出るところだったわ。

ほっとする私を尻目に、ヨキは漆原さんの件を切り出した。


「女郎蜘蛛の絵の中に、知り合いが捕らえられているかもしれないのだ」


「な……それは、山吹がやったと?」


「わからん。だから、一緒に来て確かめて欲しい」


「確かめると言っても……絵が分かたれてから、会うことも叶わないのだが……」


長義さんは少し悲しそうに言った。

……なんだろう、何か、引っ掛かる。

何かはわからないけど、そこにはもっと深い思いが込められている、そんな気がした。


「出来るのだ。私、猫又ヨキはもともと絵に住む妖怪。絵から絵と渡り歩くことを生業としている。退治屋……お主を女郎蜘蛛の絵に連れていくことも可能だ」


「ま、こと……か……?」


長義さんは目を見張った。


「まことだ」


ヨキが頷くのを見て、長義さんは膝から崩れ落ち、私は先程から感じていた不思議な気持ちの正体に思い至った。


「退治屋、行くか?いや、行ってもらわないと困るんだが」


「……行こう。そなた達の知り合いが囚われているとは思えないが、もしそうであるならば、なんとかせねばならぬ!」


「うむ。では……芙蓉、こっちに来て手を持て。退治屋も、ほれ」


ヨキは右前足を長義さんに、左前足を私に差し出すと軽く手招きをする。

その手を取ると、私と長義さんとヨキはちょうど三角形の形になった。


「では、行くぞ!」


声と同時に、また視界が歪む。

私はもう慣れたものだけど、初めてである長義さんは「なんと面妖な!」としきりに騒いでいる。

こちらからすれば、絵の中に自ら入った長義さんの方が、よっぽど面妖なんだけど。

そうして騒ぐ長義さんと共に、私達は隣の絵『山吹の方始末記』へと移動したのである。

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