第12話 幸運すぎる
「あー……館長、また間違えたのかな?対の絵を別々の所に預けるなんてうっかり過ぎるね!」
もの静かな東さんが、珍しく憤慨している。
絵を描く人だから、作品をぞんざいに扱われるのが許せないのかもしれない。
「ここにないなら、きっと湯川さんとこだよ……あっ!今、青木さんが来たから……ちょっとそのまま、待っててくれる?」
「あ、はい!」
東さんは電話口で、慌ただしく誰かと話している。
ここから、扇町画廊まではだいたい三十分強。
それでいうと、青木さんは円山画廊から直接、扇町画廊へと行ったのだ。
ん、待ってよ?
ということは、山吹さんの絵は今、扇町画廊にある。
これ、東さんに預かって貰うっていう手もあるわよね?
ギャラリー湯川はうちから一時間もかかるけど、扇町画廊なら半分の時間で済む。
でも、さすがにそんな虫のいいお願い、大先輩の東さんに頼めるわけがない。
「あ、ごめんね。お待たせ」
電話口に東さんが帰ってきた。
「いえっ!あのそれで……」
「さっきの絵、山吹の方始末記で間違いないよね?」
「は、はい、そうです」
「円山画廊さんに届けてって、青木さんに言っておいたから」
「……え?」
淡々と言う東さんに、私は唖然とした。
「湯川さんと藤山館長には連絡しとくよ」
「そ、それは、えーと……私が何もしなくても、絵がここにやってくると……?」
「そうだよ?タイミングが良かったね!」
東さんは笑ったけど、こちらは申し訳なさで一杯だ。
電話一本で、全てが片付くなんて幸運すぎない?
「ずっと前にもね、あの館長、対の絵を別々にしたことがあってね?」
「え、そうなんですか?」
「うん。うちの画廊と湯川さんとこでトレードしたことを思い出したよ」
「なるほど。だから最初にまたって言ったんですね?」
「そういうこと。だから、気にしないで。特に円山画廊さんは僕と同じ匂いがするから、応援してるんだよ?」
「に、匂い?」
「円山さんも自分で絵を描く人でしょ?だからさ」
だからさ、なんて軽く言ってくれるけど、そこには才能と言うぶ厚い壁があることをご存知なのですか?
絵の才能も、経営の才能もお持ちの東さんと一緒になんてしないで欲しい。
あと、同じ匂いなんてしませんから!
……そんなこと絶対言えない私は「あー、いやー、どうもー」と言葉を濁した。
「それじゃあ。あ、今度また個展を開くから、是非来てね?」
「はい!もちろん行きます、有難うございます」
プッ、と通話が切れると、私はソファーに座り込んだ。
前の椅子ではヨキが何の悩み事もないかのように、穏やかな寝息を立てている。
ヨキも、こんなに早く山吹さんの件が解決したなんて知ったら驚くだろう。
なんせ、当の私も驚いているんだから。
あ、いけない。
そんなことよりまず、やって来る山吹さんのために、長義さんの隣を空けておかないと!
私は腕捲りをしながら、颯爽と立ち上がった。
それから、青木画材さんがやって来たのは正午少し前。
軽めに昼食を済ませた私が、ヨキの猫缶レギュラー、ホタテ風味を開けている時だった。
二度手間になったにも拘わらず、青木さんは笑顔を崩さずやって来た。
そして、予め空けておいた場所に山吹さんを掛けると、苦笑いしながら私に言った。
「そうじゃないかと思ったんだよねぇ」
「え?何がです?」
「これ!この絵だよ。同じシリーズだと思ったのに、どうして別の場所に運ぶんだろうって」
青木さんも気付いていた……。
それなのに、当の美術館の館長が気付かないとはどういうことだ!?
だいたい館長が間違えて移動させなければ、こんなめんどくさいことになってない。
漆原さんも山吹さんに拐われてないはずだ。
あれ?なんだ、全部館長が悪いんじゃない!?
私はあの無害そうなパグを思い出して小さく舌打ちした。
「青木さんにもご迷惑かけてしまって本当にすみません」
「別にいいよ!だって、帰るついでだったし。とにかく、シリーズものが揃って良かったね!それじゃ、自分はこれで……」
にこやかに去っていく青木さんに、私は感謝を込めて深々と頭を下げた。
そして、幌のついたトラックが走り去ると、今度は奥からヨキが現れた。
「今回は、動かずに事が済んだな?」
ヨキが言いたいのは、前回の舘野建設のことだ。
隣の県まで行き、山の中を散策したことに比べたら、今回はなんと楽なことか!
「うん。まさに幸運が重なったってことよ」
「幸運か……」
ヨキは意味深に言いながら、前足をペロペロと舐めた。
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