第11話 合理的な女

「もし、明日になっても連絡が付かず戻らなければ、警察に届けようと思っているのです」


「そうだな。うむ。こちらも心当りを探してみよう」


「お手数をお掛けしまして申し訳ございません。では、何かわかればご連絡を」


大崎さんは、そう言って電話を切った。

スマホからツーツーという無機質な音が流れてくると、ヨキは私の腕からスッと抜け出し、応接のソファーにどっかりと横たわった。

そして、ちょいちょいと前足で私を呼ぶ。


「これはもう、女郎蜘蛛の仕業で間違いないと思うのだが……」


「うん。そうだね。どっちみち探すんだから、手間にはならないけど」


呼ばれた私は対面に座り、思ったままを言った。

長義さんのお願いと、行方不明の漆原さんの所在。

この二つが別件なら、非常にややこしいことになる。

でも、山吹さんの絵を探し出して解決するなら、分かりやすくていい……そう思ったのだけど、ヨキは目を見開いて叫んだ。


「お前はっ!なんという合理的な女だ!」


「へっ?なにそれどういう意味?」


首を傾げて問うと、ヨキはテーブルに乗り、きちんと私の目の前に座った。


「普通知り合いが妖怪に捕らえられているなら、かなり心配するだろう!?死ぬかもしれないんだからな!それなのに、お前ときたら《どっちみち探すんだから、手間にはならないけどー、えへっ》だと!」


えへっとは言ってない!

それだと、本当に人でなしみたいじゃない!?

しかし、言った言わないで反論すると、また話をややこしくする。

そう考えてスルーした。


「心配はしてます!でもね、何となーく?無事なんじゃないかなぁって、思ったのよ!」


「なぜだ?」


「勘よ!」


断言すると、ヨキは溢れそうなほど目を見開き、それからおよそ十秒後、何事もなかったかのようにくわっとアクビをした。


「ヨキ?」


もうダメ出しは終わったのだろうか?と、問い掛けてみる。

するとヨキは、テーブルからソファーに移り、思い切り伸びをして……丸くなった。

これは、寝る体勢である。


「絵を探すのはお前に任せる。探して来たら起こせ」


「えー?手伝ってくれないの?」


「馬鹿め!ここから先はお前の仕事だ。私は寝る!以上!」


ヨキは言いたいことをいって、そのまま目を閉じた。

……それもそうね。

山吹さん探しは、私の方がやりやすい。

円山画廊のオーナーは私だし、存在しないヨキがしゃしゃり出れば面倒なことになりかねない。


私は受付台の上に開かれたままの台帳を取り、扇町画廊の連絡先を探す。

そして、見つけ出すと、そのままスマホから電話を掛けた。


「はい。扇町画廊です」


電話に出たのは、静かな声の男性で、オーナーのあずまさんであるとすぐにわかった。

東さんは、画廊を営む傍ら、自身も画家をしている。

日本画家としても結構有名で、度々扇町画廊で個展も開いているほどだ。

一度私も招かれて行ったことがあり、そこで紫陽花の絵を見た。

繊細な青の使い方が印象的で、とても感銘をうけたのを良く覚えている。


「おはようございます。私、円山画廊の円山芙蓉です。東さん、お久しぶりです」


「あっ!円山さん?おはようございます。ええ、本当に久しぶり。で、今日はどうしました?」


余計な話をせずに、いきなり本題に入る、そんな東さんに私は少し好感をもった。

……またヨキに「合理的な女」と言われそうだけど。


「今日藤山美術館から日本画が届く予定ですよね?」


「うん。うちは五点だね」


「あの、その中に《山吹の方始末記》という日本画はありますか?」


「山吹の方……」


電話口からパラパラと紙をめくる音がする。

その音が止むと、今度は東さんの声がした。


「ないね。何?その絵がどうかしたかい?」


「えっと。うちで預かる日本画に対の作品があるんです。それで、よければこちらであずからせてもらおうかなと……」


私は考えに考え抜いた「理由」を語った。

突然絵を渡して下さい、なんて言っても怪しい。

でも、この理由であれば、絵を扱う人なら納得してくれると思っていたからだ。

例え、扇町画廊になかったとしても「なるほど、そういう理由で……」と考えてもらえるはず。

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