第8話 退治屋の頼みごと
あっという間に絵に取り込まれた私とヨキ。
退治図の中は、きらびやかな平安調の屋敷のようで、外から見るよりも立体感がある。
広く美しい日本庭園。
庭園を鑑賞するために造られた長い廊下。
その雅さに思わず目を奪われて……いる場合ではない!
何故ならば、私とヨキは空中に放り出されているのだ!
「ひっ!い、いやぁーーー!」
「にゃぁぁぁぁぁーーー!」
落下する私とヨキに、迫りくる屋敷の廊下。
美しい木で造られているけど、落ちたら絶対痛いはず。
ヨキはさっと私の後頭部に移動して(床との)衝突事故を避ける体勢をとった。
もしかして、私をクッションにする気じゃないでしょうねぇ!?と、叫ぶ余裕なんてもちろんない!
ダメ!もう、ぶつかるーー!
絶体絶命の場面に思わず目を瞑った瞬間、体がフワリと浮いた。
「あ、あれ?」
浮いた体はゆらゆらと木の葉のような動きをすると、静かに床に着地した。
助かった……の?
ホッとした途端、ぶあっと汗が吹き出した。
どんなカラクリかはわからないけど、とにかく命があって良かった。
自分の無事を確かめたところで、私はヨキを探した。
後頭部にしがみついていたヨキは、いち早くとんずらしたらしい。
逃げ足が早いな、さすが猫妖怪……。
チッと軽く舌打ちをして頭を起こすと、覗き込んでいる平安
黒の冠、濃紫の
あ、これ、長義さんだ。
私が目を見開いていると、長義さんが言葉を発した。
「なんだ、
猫又?あ、ヨキね。
私はキョロキョロと辺りを探した。
すると、庭の池の畔、灯籠の影に隠れた黒い尻尾が見えた。
……隠れるのヘタクソすぎる。
そう思ったのと同時に、長義さんが一歩踏み出した。
「
「魅入られる?……いえ?特にそんなことはないと思いますが……」
首を傾げて答えると、長義さんはおや?と片膝を付き、目線を私と同じにした。
「見たところ惑わされているようでもないし、意思もハッキリしている。猫又が悪さをしているわけではないか……」
「……(だから、そう言っただろうがー)」
灯籠の影から、声色を変えたヨキが返事をした。
「それならよい。私は悪さをしない妖怪を滅するほど、人でなしではないからな」
「あ、じゃあ、ヨキを退治しないんですか?」
私が身を乗り出すと、長義さんは退魔刀を鞘に納め、すっくと立ち上がった。
「退治はしない……だが、少し頼みを聞いて欲しいのだ」
「頼み?」
風向きが変わったのを感じたのか、ヨキがトコトコとこちらにやって来る。
そして、体育座りをしている私の太股と、お腹の間に器用に身体を滑り込ませ、一定のセーフティゾーンを確保すると、長義さんに言った。
「ふむ。妖怪退治屋が妖怪とその仲間に頼みとは、おかしなこともあるものだ」
さっきまで怯えていたヨキは、いきなり不遜に言った。
更に、失礼なことも言った。
その仲間って……せめて、名前を言おうか?
モブ扱いは止めてよね!
「そうだな。しかし、事は急を要するのだ」
長義さんは優雅に
私が正座をすると、ヨキが当然とばかりに膝に乗る。
重いからどいて!と言おうとした瞬間、長義さんが話し始めてしまい、私は仕方なく言葉を呑んだ。
「私は妖怪退治を
「え?じゃあ、それからずっと絵の中にいるんですか?」
「うむ。非常に長い時を、ヤツと睨みあって過ごしてきた……目を離せば逃げるのでな」
「して、そのヤツというのはどこだ?話の通りならば、この絵の中に大妖怪がいるんだろう?」
ヨキは視線をさまよわせ、私は後ろを警戒した。
長義さんの言う大妖怪がこの近くに……そう考えると身震いがする。
「問題はそれだ」
長義さんは頭を抱え、溜め息と共に話を続けた。
「もともと私とヤツは一枚の絵の中にいた。しかし、誰かが真っ二つにしてしまってな。それで私がいる絵と、ヤツがいる絵に分かたれてしまったのだ」
「誰がそんなことを!?一つの絵を二つにするなんて非常識過ぎるわ!」
歴史的価値のある美術品になんてことをするんだろう!
許せない!
私は怒りのあまり叫んだけど、ヨキは飄々として言った。
「一枚より二枚にした方が値段が上がると考えたのではないか?途中で強欲な画商に行き当たったのかもしれないぞ?」
「あー……そうね。中にはお金儲けしか考えない人もいるもん……」
「先をよいか?今、重要なのはそこではない」
長義さんは話の腰を折られたのが不満だったのか、仏頂面で割り込んできた。
「おっと、すまない。つづけてくれ」
ヨキが前足で促すと、長義さんは早口で話始めた。
「分かたれたといっても、一対の絵として飾られていた今日までは、全く問題はなかったのだ……私が隣で監視していればヤツは動けぬし、悪さも出来ぬ」
「ん?えーと、じゃあ、長義さんが隣で見張ってない今って……大妖怪は悪さをしてる、ということです?」
「うむ……一昨日まで私の隣におったのに、なぜか突然消えたのだ。ヤツには朗報、これ幸いと悪事に走るやもしれぬ」
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