第9話 妖怪の序列

「そういえば、長義さんのお隣は空いてました。別の画廊に渡すから違う場所に置いてるって言ってましたよ?」


昨日美術館で見たままを言うと、長義さんは身を乗り出して私の至近距離までやって来た。


「どこにあると?」


「さ、さぁ。どこにあるかまでは。あ、でも特徴がわかれば探せるかもしれません。どんな絵ですか?妖怪っておどろおどろしい感じです?恐ろしい姿の……」


「いや。見目麗しい女の姿だ。あでやかな山吹やまぶき唐衣からぎぬを着ておってな」


山吹……女の姿。

そう聞いて、私の脳裏には、昨日見たある日本画が思い浮かんだ。

漆原さんを探しているとき、ふと目に入った絵。

それは長義さんの絵とタッチがそっくりだったのだ。


「あの、それって山吹のかた始末記しまつきって名前の絵ですか?」


「そうだ!その通り!ヤツの名は女郎蜘蛛じょろうぐも山吹!私の永遠の敵である」


長義さんの目は突然キラキラと輝き始めた。

仇敵を発見出来て嬉しいのか。

それとも別の何かか?

良くわからないけど、とても興奮しているのは間違いない。


「女郎蜘蛛か……また大物だな。ザ・妖怪って感じの」


ヨキは煙たそうに言い、そっぽを向いた。


「うん。めちゃくちゃ強そうね」


妖怪の序列になんて興味ないけど、女郎蜘蛛と猫又なら、女郎蜘蛛の方が圧倒的に強い気がする。

ビジュアルだけで決めた、ただの主観だけど。


「芙蓉。妖怪の強さは見た目ではない」


「へ?」


ヨキは膝の上でくるりと向きを変え、姿勢を正すと、肉球で私の鼻を押した。

プニュとした感触が幸福感を上げる。

思わず緩む顔を見て、ヨキは勝ち誇った。


「ふふふ。この私の愛らしい姿に騙されて、一体何人の人間が犠牲になったか……」


「なんだと!?やはり悪さをしておったのか!?」


……ああ……ヤブヘビである。

女郎蜘蛛に対抗しようとしたばかりに、長義さんの勤労意欲に火をつけてしまったのだ。

ヨキが言ったのは「私の可愛さに皆骨抜きになる」と言うことで、実害はないに等しい。

だけど、そんな微妙なニュアンスが、平安の人に通じるわけがないのである。


「い、いや!悪さはしていないっ!悪さどころか、癒しているんだ!本当だ!な?芙蓉、な?」


「……はぁ。まぁ」


私の生返事に長義さんは柄に手を掛けた……。

しかし、すぐに離して座り込むと、頭を下げた。


「今回は見逃す。その代わり、至急、山吹を探して欲しい。頼む!」


「長義さん!頭を上げて下さい!私達に出来ることならしますから。幸い、その絵がどこにあるかも調べたらわかりそうだし。なんとかなりますよ?」


「おお!……芙蓉殿、と言うたか?礼を申す!いや、美しい女人は心も美しいな!」


「やだ……そんなことないですよぉー」


お世辞とはわかっていても、嬉しいものは嬉しい……。

顔を綻ばせた私にボソリとヨキが言った。


「……頭は残念だがな……」


悪口は、どんなに小声でも聞こえるのが世の常である。

それは、人類が成長を遂げる中で獲得した危機管理能力の一部である……いや、知らないけど。


「何ですって!?」


くわっと怒った私の膝から飛び退くと、ヨキは屋敷の隅で毛繕いを始めた。

まったく、もう……。

自分に害がないとわかると、途端に気が大きくなるんだから。

大きな溜め息をつくと、側にいた長義さんが言った。


「妖怪というものは、本質として、悪さをするように出来ている。しかし、悪さをせずとも生きてはいけるのだ。それは、悪さに変わる楽しみがある場合に限るのだがな」


「え?ん?すみません。ちょっと意味が……」


首を捻ると、長義さんは柔らかく笑った。

絵の中の人も笑うことが出来るんだ、とその時、私は初めて知った。

たぶん、長義さんはそのまま絵に入った人で、描かれただけの人物とは根本的に違うからだろう。


「芙蓉殿。理解する必要はない。貴殿は貴殿のままでいるが良い」


「は、はぁ……あ、じゃあ、私達、山吹さんの絵を探しに行きます。探して、この絵の横に飾ればいいんですね?」


「うむ!迷惑をかけるが……頼む!」


長義さんは、私の手をグッと掴み、力強く握った。


それを見て、毛繕いの終わったヨキが音も立てずに私の肩に乗る。

小さく息を吸い、スゥと細く息を吐く。

すると、一瞬にして世界は変わり、いつもの光景が視界に飛び込んできた。

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