第7話 妖怪退治屋

翌日、雨上がりの爽やかな空気の中、藤山美術館の依頼で青木画材さんがやって来た。


「おはようございまーす!いやぁ、昨日の雨は凄かったねぇ」


青木さんは絵を荷台から下ろしながら世間話をした。

美術館改築で絵画を運搬する青木さんもきっと大忙しのはず。

荷台を覗くと、今日も沢山の絵が積まれていた。


「おはようございます、青木さん。これから市内に配達ですか?」


私は入り口を搬入用に解放しながら、青木さんに尋ねた。


「うん。次は扇町画廊さんと、ギャラリー湯川。午後からもあるから忙しいよ」


「お疲れ様です。あ、そこの角に置いといて下さい」


「いやいや、掛けて帰るよー!女の子一人じゃ大変でしょ?」


と、青木さんはいつもの爽やかなスマイルで言った。

絵画は号数によっては、一人では絶対に掛けられないものもある。

画廊の経営者は年配の人が多く、比較的若い青木さんは、サービスで設置までしてくれるのだ。


「いつもありがとうございます!」


そのうち何かお礼をしなくてはいけないな、と思いつつ、私はその言葉に甘えておいた。


勝手知ったるなんとやらで、そつなく絵を設置した青木さんは、また忙しなく帰っていった。

円山画廊に新しく飾られた三枚の絵は、若手の画家の絵に挟まれて、若干居心地が悪そうに見える。

私が近づいて絵を眺めていると、朝御飯を済ませたヨキが奥からやって来た。

ちなみに、今日の朝御飯は「猫缶レギュラー、あっさり白身魚しらす入り」である。


「……絵が入ったか……どれどれ……」


ヨキは私の足にくるんと尻尾を絡ませながら、興味深そうに絵を見上げた。

まずは、桜の風景画を見て、それから穏やかな清流の絵を。

そして、最後に長義さんを見ると、ヨキは凄い勢いで後ろにジャンプした。


「おいっ!これは……」


「ん?吉良長義さんの蜘蛛退治図がどうかした?え?もしかして……」


わけあり絵画ぶっけん来た!?

と、私はヨキを凝視した。


「また、物騒なものを持ってきたな!私を祓う気か?」


「物騒?祓う?」


どういう意味だろう?

何かと戦ってるから物騒なのだろうか?

でも……ただの絵だよね?

話の意味が全くわからない私は、ヨキの言葉を待った。


「こいつ、妖怪退治屋だろ?よくいる眉唾ものの奴らじゃなく、妖怪が見えているだ良くみろ!退魔刀を持っているっ」


「たいまとう?何それ?でもさ、本物だろうが、偽物だろうが、絵だよね?動きもしないのに怯える必要があるの?」


「馬鹿め!うっかり絵の中に入ってしまったらどうする?特に朝は寝惚けているからな!巡回中に思いがけず……ということもあるかもしれん」


「……それ、ヨキが気を付ければいいだけの話よね?」


うっかりせずに、しっかり起きて絵の巡回をすればいいのよ。

自分のぐうたら具合を力説してる暇があったら、生活の改善を試みればいいんじゃない?

と、私は薄目でヨキを見た。


「冷たいな……芙蓉。お前、私が祓われても良いのか?この腹を撫でられなくても良いのか?ん?どうなのだ?」


ヨキは、私の膝の辺りを必死でカリカリと引っ掻いている。

その涙ぐましい様子に少し心を動かされた。


「仕方ないわね。じゃあ、閉店から開店するまでの間は布でも掛けとく?」


布で防げるかどうかはわからないけど、ヨキが寝惚けて絵に入るのを止めることは出来る……と思う。


すると、ヨキは嬉しそうに「にゃー!」と叫び、そして言った。


「うむ!そうしてくれると非常にありがたい!さすが芙蓉、私のめし調達人だけのことはあるっ!」


飯調達人……私は、ただのご飯持って来る人か!?

そう怒る間もなく、ヨキは喜びのあまり、ピョンピョンと辺りを飛び跳ね始めた。

受付台に乗り、すぐ隣の机にダイブ!

一旦床に降りて、私の肩に飛び乗ると、勢い余って目の前の絵に飛び込んだ。


「え、えっ!?」


たった今、ヨキが飛び込んだ絵は「蜘蛛退治図」である……。

私は呆然としてしばらく絵を見つめた。

あんなに警戒していたのに、浮かれて飛び込んでしまうなんて、うっかりにも程がある。

でも、早く何とかしないと祓われてしまうかもしれない。

何も悪いことはしてないんだから、それは可哀想よね。

私は絵の中にヨキを探した。

すると突然、絵からヨキが飛び出して来て、私の頭を抱え込み張り付いて爪を立てる。


「ふがっ!……ヨ、ヨキっ!ちょっと何も見えな……」


目の前は真っ暗だし、モフモフしてるし、生暖かい。

もがいていると、ヨキが声を上げた。


「くそうっ!あいつ、殺る気満々じゃないか!芙蓉、助けてくれ!」


「た、助けるって……」


「ああっ!背中を捕まれた!」


視界はゼロだけど、何かがヨキをつかんだ気配を感じた。

捕まえて、絵の中に取り込もうとしている?

私は、頭にしがみついたヨキをぐぐっと引き寄せた。

なんとか、逃げ切れれば!と、思ったのだけど、長義さんの力は私なんかよりずっと強かった……。


あわれ、私とヨキは、なす術もなく絵の中に引きずり込まれてしまったのである……。

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