第6話 腹でも撫でて落ち着け
画廊に帰ると、早々と猫姿に戻っていたヨキが受付台で丸くなっていた。
誰も来ないからって気を抜きすぎ……。
あんなに絵を売ってやるって息巻いていたのに、この様子だと、暫くは猫缶はレギュラーのままね。
「ただいまー」
「にゃうーん?……お?芙蓉帰ったか」
のっそりと身を起こしながら、ヨキは大きなあくびをした。
「暇だったんでしょ?」
「うむ……さすがの私も、客が来ないのでは本領発揮とはいかないな……」
「まぁね。この雨じゃ誰も外に出ようと思わないわよ」
私は裏に行きタオルを持ってくると、濡れた足元を丁寧に拭く。
外は相変わらずのどしゃ降りで、少し歩いただけでも、足元は見事にびちょびちょだ。
「お前、やけに濡れているが……不動産屋はどうした?帰りも車ではなかったのか?」
その問いに思い切り顔を歪めた私を見て、ヨキが首を捻った。
そして「何かある」と思ったのか、ヒョイと降りて私の周りをグルグルと廻る。
「何があった?言ってみろ」
「うん……実はね……」
私は応接のソファーにどっかり腰掛けると、ヨキに事の顛末を語って聞かせた。
突然消えた漆原さんのこと。
電話が全く繋がらないことや、何故か車は残っていたこと。
全てを話終えると、私はヨキに当たり散らした。
「酷いと思わない!?そりゃあ、連れていってくれただけでも、ありがたいけど、いなくなるならいなくなるで、連絡くらいしろ!っての!」
すると、応接のテーブルに座って聞いていたヨキが、私の膝に移動してゴロンと仰向けになった。
……腹でも撫でて落ち着け……と、言うことね……。
悔しいけど、モフモフの腹を撫でると怒りが収まるのは事実である。
私は遠慮なくヨキの腹を撫でた。
「……ふむ。不思議な話だな」
「不思議というか……用事があるなら連絡して欲しかったなーって……」
「いや。不動産屋はそういった連絡はする奴だと思うぞ?……して、芙蓉よ」
ヨキはムクッと頭をおこした。
「はい?」
「連絡しろとは言うが、お前、不動産屋にスマホとやらの番号を教えていたのか?」
「……あ……」
そうだった。
漆原さんは、私の連絡先を知らない。
用事があって離れるということも、直に会わないと言えなかったのだ。
顔色を悪くした私を見て、ヨキは全てを悟った。
「連絡手段がないのでは、仕方ないだろうな。だが……何か気になる……」
「気になる?……何で?」
ヨキはクルリと反転し、今度は背中を向けて伸びをする。
それから尻尾をユラユラと振ると、何かを考えているような感じで宙を見た。
「わからん……が。まぁ、無事なら折り返し連絡があるだろう。しばらく様子を見るとするか……」
「無事ならって……怖いこと言わないでよー」
「前から言ってるだろう?世の中何が起こるかわからんとな?」
それは、ヨキのような存在とか、絵に残った思いが形になって現れたりだとか。
到底説明のつかない、摩訶不思議な出来事のことを言っているのだろう。
「じゃあ、もしかすると……漆原さんは不思議な世界に囚われた、とか?」
「まだわからんと言ったろ?それに、子供なら大変だが大の大人だからな。あまり騒ぐのもどうかと思うぞ。まぁ、明日まで様子を見たほうがいい」
「そ、そうだね。うん……」
ついさっきまで、漆原さんに置いていかれて苛立っていた気持ちが、一気に心配に変わった。
世の中、何が起こるかわからない、というのは私が一番理解している。
美術館で別れてからの漆原さんに「何か」が起こったとするなら、それは、常識では考えられないことの可能性だって十分あるのだから。
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