第2話 暇なんですか?

「お、おはよう……ございます。漆原さん……」


「ふっ……お早う。不動産屋」


私は苦笑いしながら挨拶を返し、ヨキは面白そうに笑う。

漆原さんは、照れたように微笑み、応接のソファーに腰かけた。


あれから……そう、舘野建設の一件から、漆原さんは画廊にたびたび顔を出し、どうでもいい雑談をしては去っていく。

多い時は日に三度。

少ない時でも一度はやってくる。

それも、なんの前触れもなくやって来るので、ヨキは人になったり猫になったりと忙しい。

だけど、迷惑そうにする私に比べ、ヨキは差程でもないらしく呑気に漆原さんの相手をしているのだ。


「今日は随分早いじゃないか」


「はい。少し天気が悪いもので、仕事も暇なんですよ」


「……暇なんですか?」


二人の会話に私も加わった。

現場の仕事じゃあるまいし、不動産屋が雨だから暇なんてことあるわけない。

例えあったとしても、デスクワークくらいあるはずだ。

それに、従業員がこんなにふらふらしてるのを黙って許している会社って一体どうなんだろう。

と、優しい私は関係ないのに心配になってしまうのだ。


「はい。僕は外回りが多いんです。外でいい物件を見つけてきたり、お客さんと交渉したりが専門なんですよ」


「そりゃあ、営業ですから……」


「ははっ、営業っていうか、社長なんだけど」


「そう、社長で……え?」


え?

私は二回驚いた。


「今、何て言いました?社長って聞こえましたけど?」


「社長って言いましたよ?」


ニコッと眩しい笑みの漆原さんと、面白半分にこちらを見ているヨキ。

そんな二人の前で、私は、眉間に深ーいシワを寄せている。

……うん、整理しよう。

漆原八雲。

漆原不動産と同じ名字を持つ男。

当初声が若すぎるからと、経営者ではない!と断定したのは私だ。

しかし、考えてみればそう思える言動も行動もかなりある。

こうやってふらふらと出歩いて怒られないのもそうだし、何より……車がラグジュアリーである。

どうして最初迎えに来たときに、そのことについて聞かなかったのか。

例え親族であっても、一介の営業に、仕事でこんな高級車を与えるわけがない。


いくつかの分析の結果、漆原八雲=漆原不動産社長という図式を、私はようやく理解した。

しかし、理解はしても納得はしたくない。


「本当ですかぁ?証拠はあるんですか?」


私は食って掛かった。

すると、漆原さんは懐から名刺入れを出すと、中身を一枚、こちらに手渡した。


『漆原不動産 代表取締役 社長 漆原八雲』


小さな紙切れには、そう書いてある。


「て、手の込んだ偽造では?」


「芙蓉さん、酷いなぁ。僕がウソを付くような人間に見えますか?」


漆原さんは、少し悲しそうに言った。

確かに、彼は声が大きくてウザいけど、ウソを付く人間ではない……と思う。

それは、用心深いヨキが警戒をしてないことからも明らかだ。


「いえ……ごめんなさい。少し言い過ぎました。じゃあ漆原さんは二代目とか三代目ですか?」


「え?ああ!親の会社を継いだかどうかですか?」


「はい」


百歩譲ってそれならば、納得もしようというもの。

しかし、返って来たのはあり得ない答えだ。


「僕は二十三で起業しましてね?会社は今年で五周年になります。親は田舎で苺農家をしてますよ」


漆原さんは、屈託なく笑った。

反対に私は、戦いに破れた戦士のように項垂れた。

二十三で起業なんて立派すぎる……。

私なんて、現在二十三歳。

就職に失敗し、偶然任された画廊で、猫妖怪とのんべんだらりと暮らしている。

この差たるや……。

ヨキの嘲笑うかのような視線が後頭部に突き刺さり、私は恥ずかしくなった。

『人を見た目で判断しない』

『好き嫌いで人を判断しない』

その二文を、今後私は胸に刻んで生きようと固く誓った瞬間である……。


「それで……芙蓉さんは今から外出ですか?」


私のお出かけスタイルを見て漆原さんが言った。


「はい。市内の藤山美術館まで……」


「それならお送りしましょう!どしゃ降りの中を駅まで歩くのは大変ですからね!」


「あ……ありがとうございます……」


なるほど、そう言うことか。

と、私はヨキを見た。

漆原さんが入って来た時「足がきた」と言ったのはこのこと。

事情を知れば、多分乗せていってくれるだろうと推測したのだ。

漆原さんは、女の子を雨の中歩かせたりしない……とヨキは思ったのに、私ときたら声がデカイやらうるさいやら、ウザいやら。

とにかく酷いことを言って……ないけど、考えていた。

本当にごめんなさいっ!

この償いは(たぶん)どこかでしますから!

私は必死で目で訴えた。

すると、漆原さんは何故かカッと赤くなり、ブンッと顔を逸らす。

何故なにゆえ!?と、訳がわからずヨキを見ると、彼はクククッと、それはもう楽しそうに笑っていたのだ。

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