捕える絵
第1話 どしゃ降りと猫妖怪と私
その日は、朝から大雨が降っていた。
円山画廊定休日の今日、私は市内にある「
近く改修工事を予定している美術館の展示品を、短期間、預かってくれと頼まれたからだ。
県内でも、五本の指に入る大きさの藤山美術館は、展示品数もかなりのもので、市内の大きな画廊や他の美術館が手分けして預かることになっている。
円山画廊は手狭なため、三点のみを預かる予定で、絵の大きさ等を確かめに行くのだ。
「こっちの絵を、移動して……ここにこれを……」
私が絵の配置に頭を悩ませていると、後ろから、音もさせずにヨキが現れた。
「芙蓉、何事だ?」
「あ、ヨキ。おはよ」
ヨキは私の足元で立ち止まると、座って前足で顔を撫でた。
今日も彼は毛繕いに余念がない。
そんなに繕ったところで、私しか見ないのになぁ……なんて思ったが、そこは猫の習性である。
空気を吸うように、自然とやってしまうのだろう、と私は微笑ましくその姿を見守った。
「ほら、市役所の近くにさ、大きな美術館あるでしょ?そこが近々改修工事をするから、展示品を預かるのよ」
「ああ。そこか。行ったことはないが、かなりの展示数だそうだな?」
ヨキは少し興味を示した。
絵に住んでいるヨキにとって、他の絵は他所様の家のようなもの。
入り込んで見学する行為は「お宅探訪」で、大きな美術館は、人間で言うところの住宅展示場なんじゃないかな?
と、私は考えている。
「そうなのよね。で、今日サイズとかを見てくる予定なの。一緒に行く?」
「……行かん」
「あれ?そう?」
何よ、行きたそうにしてたくせに!
私の心の声が聞こえたのか、ヨキはムスッとして言った。
「この雨の中を出ていくのは御免だな。私は水が嫌いだ。雨に濡れるのも嫌だ。なぜなら、猫だからな!」
「猫っていうか……妖怪でしょ?そこまで猫寄りなの?」
確かに猫缶は大好物のようだし、見た目も猫だけど、普通の猫は人に化けたり、喋ったりしない。
更に言うと、絵の中に住んでない。
私の認識としては、猫の着ぐるみを着た妖怪である。
しかし、ヨキは憤慨して言った。
「馬鹿め!猫妖怪だ!」
何なのよー。
その一粒で二度美味しい的な合わせ技は。
ヨキは私の肩にヒョイと乗ると、頬にネコパンチを叩き込んだ。
モニュと肉球が頬に触れ、思わず顔がにやけてしまう。
「な?猫だろう?」
ヨキは意気揚々と言う。
ネコパンチ(肉球付き)だけで、猫を主張されても……。
でも、肉球は気持ち良く、妖怪でも猫でもどっちでもいいか、という気にさせる。
恐るべし、肉球!!
「わかったわかった。猫妖怪ね。じゃあ、また、お留守番頼むわね?」
「ああ、任せろ。この私の魅力で、何枚か売り捌いてやろう。画廊の売り上げが伸びれば、必然的に私の猫缶も等級が上がるのだろ?ん?」
ヨキは私の首もとに、スリスリと自分の頭を当ててくる。
今月の売り上げが悪くて、お安い猫缶になったのが気に食わないのだ。
値段を見られないように注意して買ってたつもりだけど、先日食べた『至高のクロマグロ』のせいで、上には上があるとバレてしまったのだ。
「そ、そうね。売り上げが伸びれば考えるわ」
「うむ。そうしてくれ!食通の私に相応しいものにな」
ヨキはふふんと胸を張った。
食通って……。
鰹節でも竹輪でも焼き鯵でも、どれも美味いって食べるくせに?
この間まで、猫缶レギュラーささみ味をこの世で一番美味い物と認識してたくせに?
と、私は薄目でヨキを見た。
「な、なんだ?その薄気味悪い顔は……」
「別に。あ、そろそろ出ないと遅れちゃう……」
外はどしゃ降りだ。
早めに出ないと、館長との約束の時間に間に合わなくなるかもしれない。
私が急いで受付台からバックを取ると、肩に乗ったヨキがふわりと床に降り立つ。
そして、ドロンと人の姿になり、入り口を一瞥してニヤリと笑った。
「心配するな。遅れはしない。足が来たようだからな」
「あし?」
私が尋ねると同時に、入り口のドアが開いた。
開店前なのに一体誰が?
と、振り向いた私は、雨雲も吹き飛ばすような大声の洗礼を受けた。
「おはようございます!ヨキさん、芙蓉さん!」
そこには満面の笑みの漆原さんが立っていた。
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