第3話 藤山美術館

画廊を出て軒先から空を見上げると、灰色のぶあつい雲が気分を暗くする。

漆原さんが正面に車を付けると、私は恐縮しながら乗り込んだ。

相変わらず、車内は外の雨の音すら遮断するように静かで、振動も最小限である。

纏わりつく湿気すらも、この空間には関係ないのでは……という別世界だ。

しかし、その別世界には延々と大声で話続ける人がいて、そのせいで、情緒に浸ることも出来なさそうだった。


そうして、雨のため渋滞した車の波を抜け、私達は藤山美術館に到着した。

藤山美術館は、市役所のある中心地、大手の銀行や百貨店に囲まれた一角にある。

昔、金融業で財をなした初代藤山翁が、若い画家や版画家、陶芸家等を支援したいと彼らに展示出来る場所を作った。

それが藤山美術館の前身で、その後、藤山財団が美術館を管理して今日に至る。


漆原さんは誘導の看板を確認し、併設された立体駐車場に侵入すると、慣れた手つきで車を止めた。


「僕も久しぶりですよ、ここに来るの」


「あ、小学校以来とか?見学遠足では定番ですよね?」


「そうそう!見学遠足以来だよ。昔はこの駐車場はなかったよね」


「ええ。私が中学生の時に出来ましたからね、あ、ありがとうございました。本当に助かりました!」


私はペコッと頭を下げると、インナーハンドルに手を掛け外に出た。

すると、運転席から同じように漆原さんが降りて来る!?

私は、驚きのあまり声をかけた。


「う、漆原さんっ!?どうしました?」


「僕も付いていっていいですか?」


漆原さんは、いい笑顔で立っている。


「……ん?……えっと、お仕事は?」


「大丈夫です。うちの社員はとても優秀ですから。何か問題があれば連絡があるし、ね?」


ね?じゃない。

さっきは素晴らしい社長だな、酷く言ってごめんね?って思ったけど、これ、社員に丸投げのぐうたら社長じゃない!?

でも、この様子だと言っても帰りそうにない。

私は仕方なく「はぁ……」と、侮蔑を含んだ肯定の言葉を返しておいた。


ウキウキとした漆原さんを従えて、私は事務所へと向かった。

そこには、財団の事務の人が数人忙しそうに働いており、奥まった場所に約束していた館長がいた。


「あ、どうも。円山画廊さん。お久しぶり!」


事務所入り口の私に気付いて、藤山館長が走り寄ってくる。

小柄で丸々とした館長は、画廊や画商仲間からは癒しの存在として知られていた。

六十近いおじさんだけど可愛い系で、走ってくる姿がボールを咥えて必死なパグに似ている。


「おはようございます。館長。お世話になります」


「うん!あれ?どなた?」


後ろの漆原さんを見て館長が言った。


「おはようございます。私、市内で不動産業を営む漆原と申します。縁あって円山さんと知り合い……」


「あっ!!」


館長はハッとして叫ぶと私を見、次に漆原さんを見た。

それを二回ほど繰り返して頷くと、訳知り顔でニヤリと笑った。


「なるほど!うん、わかったよ。縁は大事だよね!そう、世の中縁がないと絶対会えない人もいるしねぇー」


何の話だろう。

私は漆原さんと顔を見合わせた。

漆原さんも、自己紹介の途中で話の腰を折られ呆然としている。

そんな私達の前で、館長はひたすら「若いっていいねー」とか「縁は大事だよー」とか、意味不明なことをわめいていた。


「はぁ……あの……館長。うちで預かる絵の方はどこに……」


「……あっ!ごめんねごめんね!」


館長はぷりんとした頬を揺らし、顔をこちらに向けた。

そして、くるりと踵を返すと、トコトコと展示室に向かって歩いて行く。


「こっちだよ。ついてきてー」


館長は呑気に手を振った。

それを漠然と視界に捉えながら、私と漆原さんは首を傾げてその後を追ったのである。

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