第15話 彩子と八重
「ではまず、私達が知った事実から話そう。この絵の作者は相沢誠二、モデルとなったのは四宮八重。場所は隣県山間の子爵邸、その近くの池だ」
ヨキはそこで一息つき、私に手を差し出した。
何が言いたいのかを読み取った私は、すぐ例の日記と手紙と写真を、鞄から出しヨキに手渡した。
「私達はその場所へ行き、これを発見した。どこにあったか、どうして手に入れたか……は、無粋なので聞かないで貰いたい。どうしてもというならお話するが?」
ヨキが凄んで見せると、全員首を横に振った。
この状態のヨキに物申せる人間がいるなら、それは怖いもの知らずか、死にたがりな人だけだろう。
「そうか。では話の続きを……この日記は四宮八重のもの。手紙は相沢誠二から八重へ出されたものだ。写真にはその二人が写っている」
そう言って、ヨキは日記を彩子さんに、手紙を漆原さんに、写真を社長にそれぞれ手渡した。
「わぁ。凄く熱烈なラブレターですね!」
漆原さんが言い、
「八重という人は小柄だったんだな。男の方はバカみたいにデカイが」
と、社長が言った。
彩子さんは日記を一枚一枚丁寧に捲り、時々小さく嗚咽を漏らしながら一心不乱に読んでいる。
その真剣な様子に、誰も口を挟めなかった。
それから十分ほど経ち、感慨深い様子で日記を閉じた彩子さんに、ヨキは尋ねた。
「その様子を見ると、全てを知っていたわけではなかったのだな?」
「ええ。私の聞いていたのは、八重さんの人生のほんの一部だったみたい」
「……さて、そろそろ話してもらえるか?」
ヨキの声に、彩子さんは頷いた。
「まず最初に言っておかなければならないのは、私と樫村八重さんには血の繋がりがないということです」
「は!?どういうことだ!?遠縁って言ってたじゃないか?」
社長が叫んだ。
見ると漆原さんも目を見開いている。
社長は立ち上がり、彩子さんに詰め寄ろうとするがそれをヨキが止めた。
「話を最後まで聞け。特にあなたはそうする義務がある」
「な……」
社長は腑に落ちないと言う表情をしたけれど、やはりヨキに気圧され仕方なく椅子に座った。
それを見て、彩子さんは続けた。
「私と優さんには長いこと子供が出来ませんでした。四十になり、もう諦めかけていたところにやっと授かって……リスクのことも考えて、この大学病院の産婦人科で見てもらうことにしたんです」
彩子さんは一息ついた。
そして、続けた。
「大学病院での2回目の診察の時……樫村八重さんに出会ったんです。彼女も大学病院に診察に来ていて、その時は偶然の出会いだと思っていました」
「しかし、違った」
ヨキは合いの手を入れるように、うまく口を挟んだ。
そのお陰で、話しやすくなった彩子さんは、ほっとしたような表情になった。
「はい。八重さんは、私が優さんの妻だと知っていて近付き、自分の身の上を明かしたんです」
彩子さんは、そこで一旦言葉を止め、社長を真っ直ぐ見て言った。
「八重さんは、主人、優さんの実の母親なのです」
「……は……はは……はははっ。何を言ってるんだ?私に親はいない……」
社長は愕然として言った。
……まぁそんな反応だろうな、と、私もヨキも、恐らく彩子さんも思っていただろう。
彩子さんはゆっくりと諭すように社長に語りかけた。
「私もあなたにそう聞いていたから、八重さんがそれを打ち明けた時、たちの悪い冗談だと思ったのよ。でも、話を聞いているうちに真実だと確信したわ」
「……バカな……何を根拠に……」
「八重さんは、面差しや話し方、雰囲気までもが、あなたと似ていた……彼女は生まれてすぐ手放してしまった子供の居所を、ずっと探していたそうよ。そして、とうとう突き止めたの!」
「……」
黙ってしまった社長の代わりに、今度はヨキが質問をした。
「だが、本当にそうなら、何故本人に名乗らない?嫁に正体をバラしたのに、当の子どもに言わなかったのは何故だ?」
「……八重さんは、罪の意識から、優さんに名乗り出るつもりはない、と言ってました。私に言うつもりもなかったそうです」
「ふむ。それがどうしてまた、心変りをしたんだ?」
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