第14話 繋がり

翌朝、私達は迎えに来た漆原さんと共に、梱包された絵画を持って、郊外の大学病院へと向かった。

今年四十歳になる彩子さんは、高齢出産の枠に入る。

だから、念の為に大きな病院で出産することにしたようだ、と車の中で漆原さんが言った。

長年待ちに待って授かった子どもである。

何かあってはならないと、万全を期するのは当然だろう。


広い大学病院の敷地に車を止め、漆原さんの案内で産科の病棟に向かう。

県立の大きな大学病院は、迷子になりそうなほど広い。

きっと、私なら迷子になるな。

そんなことを考えていると、不意に漆原さんが立ち止まった。


「ええと。ここですね。410号室」


漆原さんがノックをすると、中から聞き覚えのある声が返事を返し、誰かが足早にやって来る足音がした。


「あっ、漆原さん!」


ドアが開き、出迎えてくれたのは舘野社長だ。

社長は満面の笑みで、私達を迎え入れると病室のソファーに促した。

そこは一人部屋のようで、大きなベッドが一つ置かれている。

でも、彩子さんの姿が見えない。

どこにいったんだろう、とキョロキョロしていると、察した社長が言った。


「ごめんね、妻は今、授乳中で……」


「あ、なるほど。そうなんですね……」


私が頷いていると、すかさず漆原さんがお祝いを述べた。


「社長おめでとうございます!で、性別はどちらでした?」


「あ、うん!ありがとう!女の子だったよ!」


社長は、あふれんばかりの笑みを浮かべて言った。

両手の拳を握りしめ、放っておいたらそのまま走り出しそうなほど興奮している。

初めて会った日、家族が増えるのをとても楽しみにしていたし、喜びもひとしおだと思う。

でも私は、この後知ることになる事実を聞いて、社長がどういう反応をするのかが正直少し怖かった。


「君たちもありがとう。妻がワガママを言ったみたいですまないね」


「い、いえ!全然平気です。こ、この度は、おめでとうございます!」


私が辿々しく言うと、ヨキは流暢に「おめでとうございます」と述べ、その流れで例の絵を取り出した。


「……これが奥様のお望みの絵です」


「ああ、うん。どうしてもそれは売らない!って頑として聞かなくてね。全くそんなヘタクソな絵、どこがいいのかわからないけど」


「ヘタクソだなんてっ……」


「芙蓉」


カッとなってしまった私を、ヨキが止める。

その時、病室のドアが開いて、彩子さんが帰って来た。


「あら?漆原さん……と、画廊の人?あっ、絵を持ってきてくれたのね!ありがとう」


彩子さんはヨキの側に回り込み、ベッドに腰掛けると、絵をサイドテーブルに置いた。

そして、愛おしそうにゆっくりと撫でる。

それを見て、社長が言った。


「なぁ、その絵って、お前と樫村夫人との思い出の品なのか?」


「思い出……そうかもしれないわ。でも、私だけじゃなくて、あなたにも関係のあることなのよ?」


「は?私に?樫村夫人とはなんの面識もないけど」


首を傾げる社長を見て、彩子さんは困ったように俯いた。

どう切り出そうか、と考えている。

そう見えて、私はつい口を出した。


「面識なんてなくても、繋がりはあるんです!」


「え?」

「は?」

「ん?」


彩子さん、社長、漆原さんが、順番におかしな声を上げる。

ヨキは私の隣でくくっと笑うと、ベッドに腰かけた彩子さんに向き直り言った。


「実は妹と私は、この絵のことが気になって調べていたんだ。それで、ある事実に行き当たった」


「……それは、もしかして……」


「そうだ。彩子さん、あなたが知っていることと、私達が行き当たった絵の秘密。これらを照らし合わせれば真実が見えてくるはずなのだ」


全員の目が今、ヨキを捉えている。

漆原さんはキョトンと、社長は訝し気に、そして彩子さんは真摯に。

三人とも、抱く感情は違うけど、ヨキから目が離せないのは確かだ。


「今から真実を語るが、そのつど、彩子さんに裏付けを頼みたい。私達はあなたと八重……樫村夫人との接点だけがわからないのだ」


「わかりました。お話します。最初からそのつもりだったもの」


彩子さんは、ゆっくりと首を縦に振る。

そして、儚い笑みを浮かべ手元に視線を落とした。


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