第12話 ヨキと刀と大岩と。

「探せと言われてもな。この岩のどこを探せと……」


ヨキはブツクサ文句を言いながら、岩の表面をガリガリと引っ掻く。

その様子を、少し離れた場所で見ながら、私は座ってもう一口水を飲んだ。


「おい。なんでお前は手伝わないんだ?ん?」


引っ掻く手を止めヨキが言った。


「だって、ヨキは体力温存してるじゃん!私はここまでで使い果たしたのっ!」


「……酷いな……お前は、こんなにか弱い小動物に大岩を探索しろと言うのか?」


「か弱い小動物。はて、それはどいつですかね?」


私がキョロキョロと手を翳し、辺りを見回すと、何かが目の端で一瞬光った。

それは、ヨキのいる岩の下の方、地面すれすれの位置にある。


「ここにいるだろ!か弱く美しく最高に可愛らしい、このヨキ様……」


「ちょっと!そこそこっ!」


「なんだ?」


「だからっ、そこだって!」


私はヨキの元へと走り寄り、その場所を指し示した。

近くで見ると、何か硬質な物が大岩の中にめり込んでいるのがわかる。

ヨキは大岩から飛び降り、私の指したものを見てふぅむと唸った。


「岩の隙間に上手く埋め込んでいるようだ。その後、入り口に小さな石を詰めたのだな。手の掛かることを……」


「ぎっちり嵌まってるね。こんなのどうやって取り出すの?」


パズルのピースみたいに綺麗に嵌まってるそれは、簡単に取り出せそうにない。

例え最先端の技術を使ったとしても、かなりの時間がかかりそうだ。


「なぁに。場所さえわかれば簡単だ」


ヨキは後ろに一歩下がると、人の形を取り、何処からか、棒状のものを取り出した。

真っ黒なさやに、濃紫のつか

それが何かを理解した私は、唖然とした。


「刀!?ヨキ!?そんなもの持ってたの!?」


「ああ。標準装備だ」


標準装備……?

じゃあ、常に持ってて、いつでも取り出せるとっ?

なんてことでしょう!

それは……。


「銃刀法違反じゃない!?捕まるよ?」


私の渾身のジョークを聞いて、ヨキはあきれて答えた。


「わかったわかった。少し離れてろ。それとも、体で切れ味を試してみるか?」


「め、滅相めっそうもない……ささっ、旦那。御存分にどうぞ!」


私は時代劇風に言いながら、おどけてヨキに場所を譲った。


「くくくっ、何者なんだ、お前は……まぁいい。後ろの方にいろよ?つぶてが飛ぶかもしれないからな」


「合点承知!」


私が十分距離を取るのを見て、ヨキは刀を居合術のように構えた。

柄に手を掛けると、場の空気がピンと張る。

草むらから聞こえていた虫の鳴き声までもが、止まっているかのようだ。


「……ハッ!」


小さな掛け声と共に、ヨキが刀を振り抜くと、キンと高い音がして何かが地面に滑り落ちた。

岩の方は、綺麗に一部分だけが欠けている状態である。

それを見て、ヨキは刀を鞘に納めた。

なんという鮮やかな手際!

これからはヨキを『先生』と呼ぶべきだろうか?と、私は下らないことを考えた。


「これは……」


ヨキは岩から切り落としたものを手に取った。

私も走り寄り、ヨキの手元を覗き込む。


「なになに?なんだった?」


「箱だろうか?」


ヨキが首を傾げながら手渡してきたものは、錆びた缶だ。

大きさは文庫本よりも少し大きいくらい。

振ってみると、ゴトゴトと音がした。


「開けてみようか」


私は繋ぎ目に爪を掛けた。

しかし、錆びている繋ぎ目は、どんなに力を込めてもびくともしない。


「貸してみろ」


「え、また切るの?」


「……馬鹿め。今の私ならそのくらい余裕だ」


ヨキは私から強引に缶を奪い取り、蓋を鷲掴みにして力を込めた。

すると、缶は余裕で開き、勢い良く中身が落ちる。

それらを拾い上げた私は、手に取って物色を開始した。


「……え、えーっと、日記と手紙と写真?」


手紙と写真をヨキに渡し、日記をパラパラと捲ると、達筆な文字で綴られた八重さんの思いが溢れてきた。

愛する人との楽しい日々のことや、別れのこと。

そして……。

最後は、とても悲しい内容で締め括られていた。


「写真は八重と画家か……裏に名前が書いてある」


ヨキは写真を裏に向け、私に見せた。


相沢誠二あいざわせいじ……知らないな。やっぱり無名の画家だったんだね」


「手紙の差出人もこの男だ。宛名は全て八重だ」


「中身見たの?」


「いや……見なくても大体わかる」


そう言うと、ヨキはドロンと猫に戻った。

手紙の内容は、私にもなんとなく想像はつく。

相沢さんの溢れる程の熱い思い、第三者が見れば赤面してしまうような愛の言葉が綴られているんだと思う。

それに踏み込みたくなくて、汚したくなくて……ヨキは遠慮したんだ。


「全貌が見えてきたね……」


「ああ。後は、舘野夫人と八重の接点だな。どうしてこんな回りくどいことをしたのか」


ヨキはペロペロと手を舐め、続いて乱れた毛並みを整える。

私は、日記と手紙、写真を缶に入れ、リュックからタオルを出して丁寧に包んだ。


そうして缶をリュックの一番底に固定して背負うと、意気込んで言ったのだ。


「その最後の謎は、本人に聞いた方が早いわね!」


と。

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