第11話 草を分け入り……
「そんな……」
私は小さく呟いた。
だって、埋め立てられたんじゃ、探し物は見つからない。
もうここで、万策尽きたことになる。
「池を見たかったのかい?」
「……はい」
「そうか。管理されていた頃はね、それはそれは美しい池だったらしいよ。絵描きなんかもやって来たりしてね?」
「……絵描き!?」
『絵描き?』
その言葉に食いついたのは、私とヨキ、ほぼ同時だった。
「うん。有名なのから、そうでもないのまでな。そういや四宮子爵んとこのお嬢様が、若い無名の絵描きとねんごろになったことがあったとか……」
「ねんごろ?ってなんです?」
私は尋ねた。
すると、肩に乗ったヨキがため息を付き、男性は少し困ったように微笑した。
「ま、若い娘さんには馴染みはないか。親密になるっていうか、男女の仲になるってことだな……」
「……あ、なるほど」
『馬鹿め』
ヨキの罵倒を受け流しつつ、私は話の続きを聞くことにした。
「で、そのあと絵描きさんとお嬢さんはどうなりました?」
「絵描きは病死して、お嬢様は嫁いだって話だ」
「……それだけ?」
「まぁな。子爵家の内情はあまり勘繰らないことが暗黙の了解だったんだ。この辺の住民は、四宮様に世話になってたから、有耶無耶になってることも結構ある」
有耶無耶だなんて……。
ここに、あの絵に関する重大な秘密が隠されていると思ったのに。
仕方なく私は、唯一知っている情報の信憑性を確かめてみることにした。
「そうですか……あの、その四宮家のお嬢様のお名前は……」
「四宮八重さんだよ」
「八重さんの嫁いだ先は、樫村さんといいますよね?」
畳み掛けるように聞くと、男性は驚いたように私を見た。
「へぇ!よく知ってるね。そう、樫村男爵家。ここも名家だけど子爵家と比べたら家柄が劣るし、だいぶ年の差があったから、八重さんが気の毒だって、うちの母親が話してたのを覚えてるよ」
『ふむ。何かあるな』
ヨキが耳元で言った。
「何かって何?」と、その場で問うことの出来ない私は、男性の話にひたすら相槌を打つ。
誰かと話すことが久しぶりなのか、男性はその後、この地域についてのことをペラペラと喋った。
特産品は、高原ではお馴染みのキャベツやレタス、そしてトマト。
あまり知られていないが、実は温泉があって、村の祭りは春と秋と二回あること、等々。
この短時間で、私はこの地域のガイドが出来るくらいの(どうでもいい)情報を得た。
そうして、絶望的な話と重大な情報、あとは男性によるタウン情報を手に入れた私とヨキは、山の細道から池に向かって歩を進めていた。
もう池はないにしても、せっかくここまで来たんだから、確認しなくちゃ帰れない。
そう思って、踏み込んではみたものの、ハッキリ言ってもう引き返したくなっている。
手入れのされていない獣道は、草が繁り足元が不確かだ。
少し先では、カサカサと何かが蠢く音がして『出会ったら悲鳴をあげてしまう類いの生物』がいるのを裏付けている。
腕とか足が所々痒いし、小さな虫が頬に止まってとんでもなく不愉快だ。
ジーパンとネルシャツを着て来なかったら、こんなところ絶対入らない!
「お、向こうが広いぞ?」
ヨキは、私の肩から頭の上に移動して、探検家気分で指示を出している。
「着いたの?もう、奥には行きたくないからね!」
「くくっ、まぁそういうな」
ヨキの指示で方向を変えると、広く開けた場所に出た。
周りは荒れ放題なのに、なぜかここだけは草があまり生えていない。
私はお誂え向きに突き出た大岩に座ると、リュックに詰めたミネラルウォーターを取り出し、ゴクリと一口飲んだ。
「……ここが池の跡かなぁ?」
「だろうな」
ヨキは私の頭から飛び降りると、ウロウロと辺りを徘徊する。
恐らく、絵の場所であるのかを確認しているのだ。
私はヨキから視線を逸らし、ふと下を見た。
「んー?なんか、どこかで……」
見たことがある。
そう思ったのは、現在座っている大岩だ。
「それだ、芙蓉」
視線をまた戻すと、目の前にヨキがいた。
「それ?」
「この場所が池に間違いない。お前が今座っている岩。それが、あの絵の女、八重の指した岩だ」
「えっ、これ?」
私は急いで立ち上がった。
灯台もと暗し、ってこのことよね。
まさか、足下……いや尻下に目当てのものがあるなんて偶然過ぎない?
ヨキは私が岩から離れると、その上に乗りじっくりと観察を始めた。
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