第10話 子爵邸へと
その後、少し遅い朝食を済ませてから、入り口ドアに「closed」の札を掛けると、私とヨキは隣県に向けて出発した。
私以外に姿の見えないヨキは、肩に乗ったり、気紛れに降りて歩いてみたりと忙しない。
あまり遠出をしないから、町が珍しいのかも。
私も私で、初めてのヨキとのお出かけは少し……いや、かなり楽しくウキウキしていた。
バスと電車を乗り継ぐこと、約一時間。
子爵邸最寄りの駅につくと、そこは山の上の閑散とした無人駅だった。
一日に数本しかない電車は、私達を降ろすと、薄暗いトンネルを抜けてその奥へと消える。
微かに聞こえる虫の声と、見渡す限りの緑の木々。
都会の喧騒から切り離されたような空間は、古き良き田舎の光景だった。
「すごいね?避暑地とか、かな?」
足元でヨキは辺りを見渡す。
「そうだな。だが、昔はもう少し活気があったのだろう。まぁ、今でも別荘は多いようだ」
駅のホームからは、大きな家がチラホラ見えた。
どれも立派な作りで、豪邸なのがわかる。
きっとそういう人達は、電車を使わずに自家用車で来るんだろう。
私達のように電車でやってくる一般人はごく少数だろうな、と考えながら待合室へと移動した。
「ええと。あ、ほらここにかいてあるよ?子爵邸は駅から徒歩で五分だって」
「五分か……わりと近くだな」
「でもさ、こういうのって大体サバ読んで書くじゃない?ここも実は十五分かかるかもよ?しかも、坂道っぽいし」
「そうだとしても、私には関係ないな」
ヨキはヒョイと私の肩に乗った。
彼は、妖怪のクセに普通の猫と同じくらいの重量があるので、乗られた私の肩は微妙に下がってしまう。
これ、正面から見たら、絶対姿勢の悪い子に見えるわ!
「もう!ズルはダメだよぉー」
「馬鹿め。ズルではない。妖力の節約だ。いざというとき、何も出来ないのでは本末転倒だろ?」
「節約ぅ?ねぇ……まさか、いざというときが来るの?」
「さぁな。だが、用心に越したことはない。なんせ、世の中は驚きに満ちている。私が存在しているのなら、他にもわんさかいると思え」
確かにそうかも。
私はまだヨキしか知らないけど、一匹いるなら、きっとまだいる。
名前を呼びたくないあの害虫と同じだ。
その害虫にも、オカルトチックな存在にも、出来ることならお会いしたくはないけどね。
「わかったわよ。それじゃ、行こうか」
「うむ。あまり揺らすなよ」
「わがままだなー」
やれやれと首を振り、私はバランスを取りながら歩き始めた。
山頂の駅を出ると、そこには車二台分が停められる狭い駐車場があった。
しかしながら、車は一台も止まっていない。
タクシーやバスがあるかなー、と密かに期待した私はがっくりと項垂れた。
「残念だったな」
肩でヨキがくくっと笑う。
「し、仕方ないね!さ、がんばろー!」
期待なんてもうしない、信じるのは己れの足のみ!
そう心に決めると、力強く一歩踏み出した。
麓までの道は、思った通り急な下りの坂道だった。
私みたいに普段全く歩かない人種は、気をつけないと足を取られてしまう。
慎重に踏みしめながら歩いていると、前方の畑に人がいるのが見えた。
四十代くらいの男性で、地元の人なのか、まるまるとして美味しそうなキャベツの収穫をしている。
私はそのまま近づいて声を掛けた。
「こんにちは!」
すると、男性は持っていた鎌を置きこちらを見た。
「おや、こんにちは。観光かい?」
「はい。実は四宮子爵邸を訪ねようと思っていて」
「へぇ!珍しいね。もう今じゃ、誰も見に来もしないのにね」
男性はよっこらしょと地面に座り、私も足を止め畑近くのガードレールに腰を掛けた。
「県の文化財になってるんですよね?」
「そうだよ。当時にしちゃあ、大した建物だったからね。中も家具や調度品がそのまま残ってるよ」
「そうなんですね!楽しみです!あ、そうだ。その近くに湖とか池とかありませんでした?」
「湖……池……」
男性は呟いた直後、しばらく考え込んだ。
そして、ゆっくりと立ち上がり、ある場所を指差した。
「……ああ、あれかな?あったよ。ほら、あの細い道を入ったとこ」
「えっ!本当ですか!?」
私とヨキは顔を見合わせて、差された指先を追った。
そこには、山に入る細い道があり、今は使われていないのか、背の高い草が鬱蒼と繁っている。
「だけどね。もう今は埋め立てられて水はないよ?」
「え……」
「もともと人工の池でね?手入れする人間がいなくなった途端水も減って。中途半端で危ないから、管理していた県が埋め立てたんだ」
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