第7話 漆原さんの違和感
「そういえば、何か聞きたいことがあったんじゃなかった?」
思い出したように社長がいい、私はハッとした。
そうだった!
今日漆原さんに付いてきた最大の目的をすっかり忘れていた。
「馬鹿め!」と言うヨキの声が聞こえる気がするわ……。
「そ、そうなんです!あの絵の作者の情報が何かあれば……と、思いまして……何でもいいんですけど……」
そう聞いたものの、答えはもうわかっている。
ここまでの話の内容から、社長は絵を見たことがあるだけで、詳しいことは何も知らないようだ。
これでは、作者なんてわからないだろうし、ましてや、絵の場所なんて知っているはずがない。
それでも一応尋ねてみたのは「忘れずに聞きましたよ?」という免罪符のようなものだ。
「あの絵について?すまないけどあまり知らなくてね」
「ですよねー……」
「あ、でも……そう言えば妻が言ってたな。亡くなった遠縁の人は、旧姓が四宮っていう元華族様だったって」
「えっ!」
いきなり出てきた重要情報に、私は身を乗り出した。
「全く興味がなかったから今まで忘れていたよ。別に妻の遠縁の人のことなんて話されても、ね?」
社長はハハッと笑いながら、続けて言った。
「それなのに、妻はやたらとその話をしたがるんだ。四宮さんはどうとか、どこに住んでいたとか……」
「どこに住んでいたんですか!?」
これは、かなり有力な情報になるのでは!?
と、私は更に身を乗り出し、社長との距離を詰めた。
「い、いや。だから……覚えてないよ。興味ないから……」
「あー……そうですか……」
乗り出した身を戻しつつ、私は心の中で舌打ちをした。
身重でナイーブになっている妻の話を聞いてあげないなんて、夫としてどうなのよ!
と、本件とは関係ない悪口も添えて。
すると、私の据わった目を見て慌てた社長は、すかさず代替案を出してきた。
「ど、どうしても知りたいなら、妻に聞くといいよ」
「……あっ!なるほど、そうですね!聞いてみてもいいですか?」
それもそうだ。
興味のない人間にいくら聞いても無駄である。
「う、うん。家の方にいると思うから行ってみればいい。どっちにしろ漆原くんも、
「ええ。奥様に判を頂かなくてはならないので。では、円山さんも御一緒に」
漆原さんはにっこり笑って私を見た。
それから社長室を出て、私達は舘野社長の自宅に向かった。
漆原さんは売却の段取りで何度か訪問したことがあるらしく、自宅まではそんなにかからないことを教えてくれた。
「円山さん、どう思います?」
「は、はぃぃ?」
突然の問いかけに、私は間抜けな声を出した。
どう思う?も何も、質問の意味がわからない。
「……実はね、舘野建設……経営が危なかったんです」
「え……えっ?そうなんですか?」
「はい。でも、奥さんの遠縁の資産家夫人が亡くなってから、会社が突然持ち直して……」
その話を聞いて、漆原さんが眉根を寄せた原因を理解した。
「ひょっとして、そこに事件性があると思ってるんですか?例えば、例えばですよ?会社を立て直す為に、資産家夫人を殺害し遺産を横取り……とか?」
自分で言って怖くなった。
今私とヨキは絵の謎について調べている。
その件に殺人事件が絡んでいるとなると、ヨキの言う残滓には恨みや憎しみが籠っているのでは?
絵の中に入れること自体オカルトなのに、更なるオカルトは勘弁して貰いたい。
私は呪われたくはないのよっ!
「そこまで勘繰ってませんが……調査してもクリーンなものでしたし、事件性もありません。資産家夫人……樫村八重さんは末期ガンで……最後は病院で亡くなってますから」
「えっ!?」
いきなり殺人事件の線は消えた。
つまり、更なるオカルトはない。
私は少しホッとした。
「でも、どうしても、何かあるのかな?って考えてしまうんですよ」
「いきなり羽振りが良くなったら、誰だって疑いたくなりますよね。でも、やっぱり考え過ぎですよ!」
「そうですよね?うん。そうだ。うん」
漆原さんは、自分を納得させるように何度か頷くと、運転に集中した。
舘野建設を出てしばらくすると、車は高台の住宅地へとやってきた。
そこは敷地の広い閑静な住宅街で、上流層が住んでいる所のようだ。
「着きましたよ」
車が止まった家は、白い可愛い家で、表札に舘野と書いてある。
漆原さんと私は降りてインターフォンを鳴らした。
しかし、二度三度と鳴らしてみても、物音一つしない。
「あれ?お留守かな?」
と言いながら、漆原さんは併設されたガレージを覗き込んだ。
「軽自動車がないね。お出かけみたいだ」
「大きなお腹で運転を!?大丈夫なんですか?」
「いや、僕に聞かれても……逆に円山さんに聞きたいくらいなんですけど……」
漆原さんは、困ったようにこちらを見た。
いや、私に聞かれても困る。
妊婦になったことはないし、その辺の知識は皆無だ。
「経験ないのでわかりませんけど……でも、いないというのは事実ですから……出直した方が良さそうですね」
「そうですね。あー、失敗したなぁ!電話してから来るべきでした!」
漆原さんは頭を抱えた。
それもそうだ。
パーフェクト営業職にあるまじき失態ですね?
普段ならそうツッコミをいれるところだけど、今回は便乗しただけなので余計なことは言わない。
「じゃあ今日は帰りましょう。次はちゃんとアポとりますので。その時はまた一緒に行きますよね?」
「はい。よろしくお願いします」
最初よりも打ち解けてきた漆原さんに、私はにっこり微笑んだ。
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