第5話 謎に思うこと
漆原さんがいつ来てもいいように、私とヨキは少し早めに昼食を取った。
催促される前に、猫缶レギュラーささみ味を皿に出しておくと、ヨキはペロリと平らげる。
そして人の姿になり、受付の椅子に深く腰掛けた。
「お留守番大丈夫?」
「いつもと同じだろう?心配ない」
「いつもはお買い物の間だけでしょ?お客さんも来ない時間帯だし……」
ヨキに留守番して貰うときは、出来るだけそのことに気を付けていた。
絵の説明や案内なら大丈夫だけど、その他のことは任せるのが怖い。
「おい。私の方がここに長くいるのだが?ふむ。そう考えると、先輩だな?ヨキ先輩と呼んでもいいぞ?」
「呼びませーん!あ、車来たね……え?ん?あれなに!?」
入口の硝子戸に目を向けた私は、とんでもないものを見た。
深いグリーンの車体。
CMでお馴染みのエンブレム。
まごうことなき高級車である。
なぜ、こんなラグジュアリーな車がここに?
それに、この商店街の狭い路地に、よく入って来れたわね!?
と、若干感動もした。
「迎えか?」
「えっ、そうかな……まだわからないよ?ほら、お客さんかもしれないし」
良く考えれば、その可能性の方が高い。
そう思い、私とヨキは運転手が入ってくるのを待った。
大きな車から降りてきたのは、背が高く姿勢のよい大柄な男だった。
年の頃は二十代後半。
人間に化けたヨキと同じくらいだ。
男は颯爽と入口を開けると、受付の私達を見て言った。
「お待たせしてすみません!漆原です!」
私とヨキは顔を見合せ、互いにクスッと笑った。
そのやたらと大きな声は、電話口で聞いたものと同じだったのである。
「い、いえ。こちらこそわざわざありがとうございます。私が円山芙蓉、そして……あ……」
流れで自己紹介を始めてしまったけど、ヨキのことはどうしよう!?
しかし、焦る私を尻目に、ヨキは飄々と自己紹介をしたのだ。
「面倒事を頼んですまない。私は芙蓉の兄のヨキだ」
「はい!お電話で話した方ですね!行くのは妹さん、フヨウさんだけですね?あ、ひょっとしてフヨウって花の芙蓉ですか?」
漆原さんは私に尋ねた。
「ええ。花の芙蓉です」
「やっぱり!そう言えば芙蓉って美人の代名詞ですよね!いやあ、本当に芙蓉さんにピッタリの名前じゃないですか!」
畳み掛けてくるようなマシンガントークに、ついつい笑いが込み上げる。
こうもスラスラとお世辞が出てくるなんて、どこでどんな修行をしたんだろう。
でも、そんな営業職の代名詞みたいな漆原さんは、喋りに反して見た目が厳つい。
一見して冷静沈着な印象を受けるのに、いざ口を開くと漫才師のようなのだ。
「あっ!それじゃあ行きますか?」
「はい!そうですね!お願いします。じゃあ、ヨ……に、いさん……後を頼みます、よ?」
挙動がおかしくなった私に、ヨキは含み笑いで頷いた。
本当に大丈夫だろうか……。
そんな一抹の不安を感じながらも、私は満面の笑みの漆原さんと画廊を後にしたのである。
狭い路地を、漆原さんは滑らかな運転で抜けていく。
この辺りは入りくんでいて、よほど土地勘がないと、車で進入する勇気は出ない。
しかも、車体の大きい高級車でなんて、運転に自信があり、道を良く知っていないと無理だ。
さすがその辺り、不動産屋は秀でているな、と私は助手席で一人納得した。
「あの絵を買いたいって人はどんな人ですか?」
不意に漆原さんがこちらを向いた。
「え……あ、あのそれは……」
「あ、そうか!すみません。聞いちゃいけないことでした?」
「そ、うですね。先方がまだ、本決まりじゃないので……内緒にと……」
「ですよね。知られたくない人もいますもんね?」
こんなにザックリとした説明(言い訳)でも、漆原さんは納得した。
個人情報に煩くなった世の中で助かった。
私は胸を撫で下ろし、こちらからも質問をした。
「あの絵って、隣町の資産家のものでしたよね?亡くなった夫人の持ち物だったんでしょうか?」
「ええ。そう聞いてます。大した資産家でね、価値の高いアンティークの物が沢山ありました。でも、絵画は円山さんに頼んだ一枚だけだったんですよ」
「え?そんなお金持ちだったのに、家の中に絵が一枚だけ!?」
驚いてつい叫んでしまった。
資産家の家で絵が一枚でもあれば他にもあると考える。
他のアンティーク類もあったなら、美術関係に造詣が深いと思うし、絵だって好きだと思うんだけど。
私の様子を見て漆原さんも同意するように頷いた。
「そうなんです。私……僕もね、おかしいなぁって思ったんですよ。でもどこを探しても、絵はあの一枚だけ。意図的にそれしか手元に置かなかったみたいにね」
「意図的……変ですね」
「変ですよね……」
私達はしばらくの間、押し黙っていた。
しかし、静けさに耐えられなくなった私は、ふと車で流れていた流行りの音楽の話をした。
すると、漆原さんは突如自慢の営業トークを炸裂させ始め、目的地に着くまでそれは続くことになったのである……。
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