第2話 滴る水と絵の女

次の日。


画廊へやって来た私は呆然とした。

昨日搬入した絵画の下に、水が滴っていたのである。

ヨキの助言を聞いて、青色のビニールシートを敷いておいて正解だったわ。

そう考えた途端、後ろの絵画からヨキが現れた。


「わかったか?」


「……わからないわよ……どういうことなの?」


訳知り顔のヨキに、私は拗ねたように尋ねた。

残念ながら私にわかることなんて水が滴っている、という結果だけである。


「ふむ……良かろう。教えてやる。この絵にはな、もとの持ち主の激しいがある」


?」


問うと、ヨキはタンッとジャンプし、私の腕の中に収まった。

そして、撫でろと言わんばかりにゴロゴロ言う。

仕方なく喉元を撫でてやると、しばらくして満足したのか、問題の絵画に向かって話始めた。


「この女だろうな。伝えたくて堪らないことがあるらしい」


ヨキは池の畔に佇む女を見て言った。


「伝えたくて……って……それはなに?ヨキならわかるの?」


「いや、この絵には入っていないのでな、わからん」


「何で?」


「一晩様子を見たのだ。悪いものなら、即刻退治するのだが。やはりこれは妖怪や悪霊ではなく、強い残滓ざんしだったようだ」


残滓……。

何をそんなに伝えたいのだろう……とぼんやりと絵を見つめた。

すると、不意に絵の中の女が振り向いた。


「えっ!?」


「おっ?反応したぞ?お前と波長が合うようだ」


やめてよー!朝っぱらから心霊現象!?

こういうのって、真夜中が普通じゃないの?

そう叫びたかったけど、何一つ言葉にならなかった。

何か喋ると、ヨキの言うようにされそうで恐ろしかったのだ。

依然として、女は私をじっと見つめている。

長い髪、水色のリボン。

真っ白な日傘を差し、真っ白なワンピースを着ている女は、少し首を傾げ私に何かを語り掛けていた。


「答えてやらないのか?」


いや、無理。

怖いし、反応したら呪われそう。

私は黙ってヨキを見た。


「そうやって知らぬふりをしても無駄なこと。お前は私が見えている。つまり、絵の中との繋がりはもう出来ているのだ」


そうは言われても……ね。

なぜ自ら進んでオカルトに足を踏み入れなくてはならないのか。

ヨキについては、最初からいたから仕方ないとしても、わざわざそんな……。


「それに、解決しなくては毎日水浸しだぞ?今日はこんなものですんでいるが、明日はどうなるか」


「……どういう意味?」


私は小声で問いかけた。


「絵の女は自分の願いを届けたいんだぞ?そりゃあ懸命になろうさ。どんどん被害が大きくなるかもな?」


「水だけじゃ済まなくなると?」


「うむ。こういう輩は怖いぞ?他に何も考えてないからなぁー」


ヨキは、腕の中で呑気に伸びをした。

他人事だと思って!!

でも、確かにこのままでは非常にまずい。

今日はシートで防げたけど、明日はもっと大量の水が滴るかもしれない。

それに、もし絵が売れてからこんな怪現象が続いたら、店の評判にも関わらない?


「……わかったわよ。どうすればいいの?話を聞けばいいの?」


「お。その気になったか。そうだ、絵の中に入って、な?」


ヨキは床にピョンと降り、絵と私の間に立つ。


「今、絵の中に入って……と、言った?」


「言ったが?」


「そんなこと……」


絶対無理だ。

猫又のヨキなら可能だろうけど、見えるだけの人間の私が絵の中に入る?

簡単に言うけど、それは考えられないことだ。

訝しむ私を見上げ、ヨキは首を振り言った。


「やれやれ。お前、猫又の存在を感知しながら、よもや自分がだなんて思ってやしないだろうな?」


「ふ、普通よ!ただ、見えるだけ!」


「なるほど……よし。では、試してみよう、さぁ……」


ヨキは右前足を私に伸ばした。

手を取れ、ということだと思い素直に屈んでその手を取る。

すると……。

突然世界が揺れた。

な、何?目眩めまい?と思ったけど、意識はしっかりしている。

そうするうちに、目の前の世界は徐々に形を無くし、色を無くす。

私の目に映る確かなものはヨキだけだ。

彼は真っ直ぐ私を見据えていて、安心させるように笑みを浮かべている。

そんなヨキを見ているうちに、私の気持ちも安定し、やがて、二人きりだった世界には、色が戻り、形が戻る。


「ここは……」


「な?来れただろう?」


私の質問を無視し、ヨキは勝ち誇って言った。

だけど……それが質問の答えなのは明白である。

絵の中に行けるかどうかを試そう、とヨキは言った。

つまり、ここはあの絵の中なのだ。


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