第31話、大逆斧

「ルル様! ルル様っ! ご無事ですかっ?」

「に、逃げるるる……奴には……勝てないるる……」

「…………申し訳ないですが、逃げる訳にはいきません。魔王様は留守を預けると仰いました。魔王様が戻られる日まで、私にはこの玉座を守る使命があります」

「随分と弱ぇ奴らだったナ。そんなにその椅子が大事なら、仲良く貫かれやがレ!」




「――――余の部下に何をしている?」




「ぁン? 誰だテメェハ」

「それは余の台詞だ。主が留守の間に、随分と好き勝手やってくれたようだな。今宵選ばれし剣は、反逆のシリアスを相手にするまで取っておく予定だった剣だ」


 詠唱によって生じた暗黒空間に『逆』という言霊が吸い込まれる。

 闇から生まれ掌に収まった武器は、三日月のような武骨な形の物体。剣というよりブーメランに近い四十七剣は、その名の宣言と共に振り下ろされた。




大逆斧おおさかふ!」




「大阪府は日本の近畿地方に位置する県。県庁所在地は大阪市。人口は全国三位で、かつては面積の最も狭い都道府県だったが現在は四十六位。江戸時代には商業の中心地として栄え、天下の台所と呼ばれていた。府の木はイチョウ。府の花はウメとサクラソウ。府の鳥はモズううううう!」


 とてつもなく長い断末魔を叫びながら、侵入者の身体は消滅する。

 静寂に包まれた城の中で、コマは余の元に歩み寄ると顔を埋めつつ呟くのだった。


「魔王様……お帰りなさいませ……」








「…………うむ。完璧だ」


 イメージトレーニングを充分に終えたところで、ようやく魔王城が見えてきた。

 死神と一緒に余の元へやってきた得体の知れない人間の話によれば、反逆のシリアスに匹敵する謎の侵入者によって魔王城が大ピンチらしい。

 その話をするやいなや人間は姿を消したが、奴は一体何者だったのか。謎の侵入者の存在といい気になることだらけだが、今はそんなことを考えている暇はない。


「!」


 反逆のシリアスによってボロボロにされた魔王城の再建は無事に終わったらしい。

 しかしながら元の姿に戻った城は、ありとあらゆる窓から煙が上がっていた。

 城門前に着地した余は、急いで玉座の間へと駆け出す。

 魔王城内は不気味なほどに閑散としていて、部下の姿は誰一人見当たらなかった。


「っ」


 予想以上に事態は深刻らしい。

 コマは無事だろうか。

 ようやく辿り着いた玉座の間の扉を、勢いよく開ける。

 そこには、信じられない光景が広がっていた。




「――――――」




 お祭りかと言わんばかりに集まった、大勢の魔物達。

 部屋の中央に用意された大きな網と、その上で焼かれている巨大な肉。

 そして悠々と玉座に座っているコマがいた。


「…………」


 肉の焼き上がる良い匂いと共に、立ち上った煙が窓から抜けていく。

 呆然としている中、最初に余に気付いたのはビッチだった。


「ひっくり返すにはまだ早いるる! もう少し焼いてから……こらそこっ! 扉を開けるなと何度言ったら…………ま、まま、魔王殿おおおおおっ!?」


 魔物達が一斉に振り返り、深々と頭を垂れる。

 お互いに事態を呑み込めていない中、余は扉を閉めつつ答えた。


「よい。気にせず続けよ」

『……』

「そうだ。丁度いい土産があった。好きなだけ飲むがいい」


 魔物達は一瞬困惑したものの、余が放り投げた酒を受け取るなり再び盛り上がる。

 そんな騒ぎをよそに、魔物達の長であるビッチが余の元へ駆け寄ってきた。


「魔王殿。いつお戻りにっ?」

「たった今だ。ビッチよ。これは一体何事だ?」

「実は小間がとびきりの肉を仕入れたとのことでして、こうしてバーベキューを……も、勿論魔王殿が戻られた時のために、肉はちゃんと残してありまするる!」

「肉はよい。それより侵入者はどうした?」

「侵入者? 侵入者なんてとんでもないでするる。この結界の守護者、ルルルールル・ルルルルルヴィッチことルルの管理する強化結界によって、魔王城を脅かす者はここ暫くは誰一人として侵入を許してないでするる」


 …………ひょっとして、余は騙されたということか?

 得体の知れない存在の話を鵜呑みにしたことを後悔しつつ、ビッチには魔物達の元へ戻るよう指示。邪魔にならないよう部屋の隅を大きく回り、部屋の奥へと向かう。

 そこには「最初からここにいましたが? 座ってなんていませんよ?」と言わんばかりに、玉座の横へ澄んだ顔をして立っているコマがいた。


「コマよ。何か言うことがあるのではないか?」

「ご安心くださいませ。ルル様の新開発した結界によって、肉の匂いに関しましては一切残らないそうです」


 違う、そうじゃない。というより何で外じゃなくて玉座の間でバーベキューなのか。

 色々と言いたいことはあったが、メイド服のスカートを軽く持ち上げつつ滅多に見せない笑顔と共に出迎えるコマの姿を見せられては何も言えないのだった。






「魔王様。お帰りなさいませ」

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