第27話、意志火環剣と野兎之業

 必勝不敗だった。

 いかなる敵も、一撃で倒し続けてきた。

 そんな四十七剣の剣先が、反逆のシリアスによって折られ宙を舞った。


「――――」


 瞬間、余の身体が意志に反して動く。

 熱いものと、冷たいもの。

 相反する二つの何かが、身体に入りこんできたような感覚だった。


「――意志火環剣よ――」


 繰り返そう。

 熱いものと、冷たいもの。

 二つの何かが、入りこんできた。


「――古より伝わりし、その名と姿を取り戻せ――」


 何度でも言おう。

 あついも『のと』つめたいもの。

 ふたつのなに『かが』はいりこんできた。


「まさかっ?」


 反逆のシリアスが驚いた表情を浮かべる。

 気付いたところでもう遅い。

 折られたのではなく二つに分かれた意志火環剣を、その名の宣言と共に振り下ろした。




野兎之業のとのくに!』




「石川県は日本の中部地方に位置する県。県庁所在地は金沢市。県の木はアテ。県の花はクロユリ。県の鳥はイヌワシ。県域は令制国の能登国と加賀……ぐっ……うおおおおっ!」


 野兎の斬撃を食らい、反逆のシリアスは大きく後方へ吹き飛ぶ。

 まだだ。

 奴はまだ生きている。

 回転しながら降ってきた剣先を、左手で受け止めて握り締めた。




鹿牙之かがの――」




「お止めくださいませ」


 背後から優しく抱きしめられる。

 毎日耳にしている、温かみのある声だった。


「魔王様。それ以上は取り返しがつかなくなります」

「コ……マ……?」


 手にしていた野兎之業のとのくに鹿牙之業かがのくにが消えていく。

 優秀な小間使いは、それを見るなり余の前に躍り出た。


「どけ小娘。魔王以外に用はない」

「ルル様、緊急です。玉座の間に侵入者あり。至急応援をお願い致します」


 そしてメイド服の中から取り出された水晶玉に語りかける。

 水晶玉は粉々に砕けた後で激しく輝くと、光の中からビッチが現れた。


「クックック……この冷徹の…………ま、魔王殿っ?」

「命に別状はありません。ルル様は敵の排除をお願い致します」

「ちっ、また邪魔が増えたか」

「この魔王軍幹部、ルルルールル・ルルルルルヴィッチことルルの結界をすり抜けて魔王城に単身乗り込んでくるとは、大した度胸でするる。集え者共っ! サモンっ!」


 壁から天井までの至る所に、ビッチが無数の魔法陣を展開する。

 召喚されたのは魔王城の守り手である、配下の魔物達だった。


「まおうさま、おでのいのちたすけてくれた! こんどはおでのばん!」 

「我らが魔王殿の命、そう易々と狙わせないでするる。魔王城が誇りし百を超える魔物達と、この冷徹の導き手、ルルルールル・ルルルルルヴィッチことルルが相手でするる」

『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

「雑魚共め。どけぇっ!」

「クックック……雑魚かどうか、試してみるる? さあ、刮目せよ愚か者め! 全ての生命を焼き殺す、封印されし悪夢の業火を! 火炎かえん㷋焱燚――――」

「クリアウィンド!」


 ビッチが魔法を唱えた瞬間、コマが余の身体を抱えつつテレポートする。

 飛んだ先は玉座の間から最も離れた塔の上にある小部屋だった。


「クリアウォーター!」


 コマは癒しの水を生み出す。

 傷が癒えていく中で、余はゆっくりと口を開いた。 


「…………コマよ……余の命令を忘れたか……?」


「魔王様が戦闘する際は、例えいかなることがあろうと介入しないこと。そして万が一にも四十七剣を見聞きした場合には、命の保証はないこと……存じております」


「………………そうか……」

「申し訳ございません。しかしながら私……いえ、我々にとって魔王様は魔王様です」


 コマはメイド服の中からオセロを取り出す。

 そして深々と頭を下げた後で、柄にもなく微笑んでみせた。


「オセロのお相手をするのが少々遅れてしまいますが、侵入者の排除はお任せを。魔王様はこちらでごゆっくりと、ギネス記録にチャレンジでもなさっていてくださいませ」

「…………貴様の生殺与奪の権は余が握っている……勝手に死んだら許さんぞ」

「かしこまりました。それでは失礼致します。クリアウィンド!」


 深々と頭を下げたコマは、いつもの無表情に戻った後でフッと姿を消す。

 窓の外では大木が揺れるほどの激しい風雨が、いつまでも吹き荒れていた。

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