第9話、黄泉

「魔王様。大量の鉛筆ですが、こちらでよろしいでしょうか?」

「うむ。確かルールは一分間、片手で一本ずつ立てるんだったな」

「ギネス記録に挑戦……ですか。仰っていただければ、直径7mm以内、長さ15cm以上を満たす最高級の鉛筆をご用意致しましたが」

「わかってないな。余が普通の鉛筆で挑戦するのが楽しいのだ」

「左様ですか。では何かご要望があればお呼びくださいませ」


 コマは頭を下げた後で、ゴスロリメイド服のスカートを翻しつつ去っていく。最高記録は55本らしいが、その程度なら余に掛かれば容易い本数だ。


「マオーも随分と暇そうデスね」

「…………死神か」


 ギネスチャレンジ中に、どこからともなく中性的な声がした。

 音もなく闇より現れたのは、ドクロのワッペンが付いているローブを身に纏った霊体。フードを目深にかぶっている死神――ヨミはフワフワと浮きながら、身の丈に合っていない長い鎌をクルクルと回しつつニヤリと八重歯を見せる。


「度重なる敵の来訪に腹を立てているかと思えば、鉛筆を立てているとは思わなかったデス。その様子だと、どいつもこいつも雑魚だったようデスね」

「ここのところ妙に侵入者が多いと思ったが、貴様が裏で糸を引いていたという訳か」

「ヨミはただ魔王城へ向かう船を出したり、結界を破る方法を教えたり、透明マントを売ったりして、マオーにやられた者達の上質な魂を美味しくいただいただけデス」

「それで、今日は何の用だ?」

「例の石板を手に入れ「まことかっ!?」た……って、食い付きが良いデスね」


 持っていた鉛筆を放り投げ振り返ると、死神はローブの中から禁断の石板を取り出す。火炎かえん㷋焱燚が書かれていた物とは異なる色をした、新たな技が記されているであろう石板だ。


「そんな大声を出さずとも、魂代としてマオーにくれてやるデス。せいぜいこれを使って、また上質な魂をヨミに提供するといいデス」

「ふん。余の四十七剣さえあればこんなものは不要だが、魔王軍強化のために貰っておいてやろう。勇者共にも同じような真似をしているコウモリめ」

「当然デス。ヨミは勇者だろうと魔王だろうと、魂さえ手に入れば満足デス…………と、どうやら予期せぬ客のようデスね」


 部屋の入口に立っていたのは、ポーションをグビグビと飲んでいる男女の戦士二人組。予想外の出来事のような口振りだが、恐らくはこれも死神の手引きだろう。


「男の方は上質デスね。ここで貰っていくデス」

「好きにしろ」


 そう言うなり、死神は闇へと姿を消す。

 そして一瞬にして男の背後へ回ると、大きな鎌を一振りした。






黄泉コウセン!」






 放たれたレーザーが男の身体を貫くと、魂が抜かれ抜け殻となった肉体が床に転がる。

 残った女には興味がないのか、死神は鼻歌交じりに去っていった。


「黄泉……か」


 最近は横文字にこだわっていたが、シンプルな技名というのも中々に恰好良いな。

 前回の一件で新技を作る気力は失せてしまったものの、四十七剣以外の技が欲しいことに変わりはない。死神は滅多に来ないし、いっそのこと今の技をコピーして余の物としてしまうか。


「アンタ……仇は取るよ……」

「別れは済んだか?」

「くっ……こんのおおおおおおおおお!」


 怒りを露わにした女が襲いかかってくる中、余は闇へと姿を消す。

 そして先程の死神の動きを真似るように一瞬にして女の背後へ回ると、鎌の代わりに手にしていた鉛筆を一振りした。






香川コウセン!」






「香川県は日本の四国地方に位置する県。県庁所在地及び最大の都市は高松市。全四十七都道府県で最も面積が狭く、日本一面積の大きい市町村である岐阜県の高山市よりも狭い。平野が多いことから県全体の人口密度が高く、人口十万人辺りのうどん屋店舗数は全国平均の3.4倍。オリーブの出荷量と手袋、桐下駄、うちわ、うどんの生産量は日本一。県の木はオリーブ。県の花はオリーブ。県の鳥はホトトギスううううう!」


 恒例の断末魔を聞きつつ、手にしていた鉛筆を確認する。

 視線の先にはナメクジのような武骨な形の物体。剣というより鈍器に近い、見慣れた四十七剣が握られていた。




「…………うどん食うか」

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