第120話 悪夢

 〜 レザムールズ領 シャバニの工房 〜


 工房の奥の一室。


「酒を一杯だけ飲みました」


「分かった。もう監視の必要はない。放っておけ」


 シャバニはフェンにそう伝えた。


「いいんですか?」


「まあまあのプロみたいだな。ここを敵地だとは思っていないのだろう。ちょっとした視察の任務だな。見たいだけ見させてやればいい」


 フェンはスノウを連れて下がっていった。


「だが……挨拶だけはさせてもらうぞ……」



 〜 レザムールズ領 宿屋 〜


 こんなに気持ち良く寝れたの久しぶりだ。もうちょっとワインを飲んでも良かったな……

 目を覚ますとまだ真夜中の様だった。部屋はやけに真っ暗で何も見えない。


 暗すぎる……おかしいぞ……ちゃんと明かりは付けたままで寝たはずだ……


 全身から冷や汗が吹き出てくるのを感じた!


 部屋の中に誰かいる!!


「動くと死ぬぞ」


 低くて重い男の声が響いた……地獄の底から聞こえてくるようだ……全く身動きする気になれない。直感で嘘では無いと分かる。


 少しでも動けば殺される! それだけは確信した。


 ワインに何か混ざっていたのか? そんなはずは無い! しかし俺が気配も感じられず部屋に侵入されるなんて……


「ギルド フラッグシップのシーフ ルイーズだな」


 その声の主は俺の事を知っている様だ。


「心配するな。今のところ殺すつもりは無い」


 コイツは俺の事をいつでも殺せる……このSランクシーフの俺を……


 冷や汗が出なくなり、喉がカラカラに乾いている。


「ここに来た目的なんだ?」


 ようやく喋る事を認められた。嘘をつけば間違いなく殺される。コイツに嘘や誤魔化しは通用しない。


「シャバニという男を見に来た。それとキャンプグッズの購入を依頼された」


「……ほう……オルフレッドか」


 質問はされていない。もう分かっている様だ。


「オルフレッドに伝えろ。俺の家族を苦しめたダイヤモンドスターは潰す。おかしな事をすればフラッグシップも同じ道を辿るとな」


 あのダイヤモンドスターを潰すだと??


「お前には美人の嫁さんと2人の小さい娘がいたな」


 なっ! ピクリと体が動いてしまった!


 死んだな……


「……今のは見逃してやる。家族に手を出されればお前も同じ事をするだろう?」


 これは質問だ。


「ああ」


「家族思いらしいな。命は大事にしろ」


 そう言うと男は姿を消した……この俺がどうやって消えたのかも分からない……自分が生きている事も信じられない。


 駄目だ……これは触れてはいけない類のもの


 真っ当な人間には手も出せない……


 あの極悪な気配


 相手は本当のプロフェッショナルだ……


 冒険者のシーフとは全くの異質。


 …………待てよ……


 あの気配……何処かで……


 あの運命ガチャの日……似た様な感じがした


 俺はあの時、教会にいた!


 あのドス黒いカプセルから出てきた男……


 今のがシャバニか!!!



 朝になった。あれからすぐに死んだ様に寝てしまった。

 ひょっとしたら夢だったのかもしれない。


 気が進まないが任務だけは果たさなければ……


 冒険者訓練学校の校庭で若者達がリュックサックにアイテムを詰め込む練習をしている。教えているのがモッシュか。


 アイツは俺達のパーティーに荷物持ちで参加していた。


 ここから見ても間抜けな好青年くらいにしか見えん。


 俺のスキルを見るのが目的だったらしいが……俺の技は見ても盗む事は不可能だ。念のために分かりづらくはしたが。


 ヤツが居ない内に依頼をこなしておこう。


 店に入るとカウンターに猫がいた。寝ているみたいだ。俺の他に客はいない。暇そうな店だ。


 こいつ……魔猫か? 


 ならBランクだったはず……


「いらっしゃいませ!」


「キャンプグッズの評判がいいと聞いて買いに来たんだが」


 あれこれと良く商品を説明してくれる店員だった。


「これとこれをセットで買えば更にお得ですよ?」


「そ、そうなのか? じゃあ貰おう……」


 気付けば財布の中身がかなり減っていた。


「こんなに買うつもりは無かったんだが……」


「ニャ〜〜」


 魔猫がカウンターの上で眠たそうに鳴き声を上げた。


「何にニャンタ? この商品がオススメなの?」


 カウンターの上にあるおもちゃみたいな宝箱を魔猫が触った。


「この猫ちゃんはアドバイス上手なんですよ。これは宝箱を開ける練習が出来る新製品です」


 そんな練習、俺には必要無い! 


 早く帰りたいのに……


 長々と商品の説明をしている。買うまで続けるのか?


「それも貰おう」


 また金が減ってしまった……


 シャバニが居るという工房に向かう。見るだけだ……


 工房の中には年配者や子供が多かった。そこにダークなスーツを着た男がいた。


 ヤツだ……気配を抑えていても分かる……間違いない!


 もう十分だ!! これ以上は無理だ!!


 姿だけ確認してすぐに帰路へついた。

 

 とにかく家族の顔が見たい……無事に決まっているが。

 全速で王都の自宅まで急いだ。


 3日、寝る間も惜しんで駆け抜けた。馬を何頭も潰してしまった。


「あら? あなた! おかえりなさいませ。遠くに行く任務と聞いていたのにお早いお帰りですね」


 妻は何だか上機嫌だ。


「「パパーーー!!」」


 娘達が駆け寄ってきた。いつも以上に歓迎されている気がする。


「どうした? 何かいい事でもあったのかい?」


「パパ、お土産ありがとう!!」


「フフフ。あなたがこんなに素敵な服を買ってくださるなんて」


 妻と子供は可愛いらしい服を着ていた。


 俺は……俺は服なんて買ってないぞ……


「い、いつ届いた?」


「3日前ですわ。荷物が多くて持ち帰れないから別で送ったと届けた者が言っていました。みんなピッタリの服で喜んでます。フフフ」


 3日前だと!? 俺は全力で帰ってきた!

 

 信じられん……悪魔め……


 ギルドハウスに行きオルフレッドに報告をする。


 もう疲れ果てたが……


「どうした? 早かったな?」


「……失敗した……」


「あなたからそんな言葉を聞いたのは初めてだな……」


 俺はレザムールズ領のあり得ない様子と合わせてシャバニの事を伝えた。


「もしあそこと敵対するなら俺はギルドを抜ける。ダイヤモンドスターを助けるのも無理だ」


「おいおい……世界一のシーフを手放すわけにはいかないな。シャバニはそこまで恐ろしい男なのか?」


「ああ……アレとは関わるな。これはギルドマスターにも伝えておく」


 依頼品のキャンプグッズをオルフレッドに引き渡した。


「おいおい……やけに沢山買ってきたな」


「ああ……店員も恐ろしいぞ……」


 オルフレッドは訳が分からないという顔をしている。でも本当だ。ついつい、いろいろ買わされてしまったんだ。


「この箱は何だい?」


「ああ……箱開けの練習グッズとか言っていたな」


 ちょっとやってみるか。


 カチッ!


 フム……良く出来ている。これは良いな。


 ん? 何かメモ入っているぞ?



『 伝言を忘れるな 』



 …………最悪だな。


 2度とあそこには行かんぞ!!

 

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