第109話 宝を求めるお嬢様

 

「お嬢様! レザムールズ領では疫病が蔓延しているとの噂が庶民の間に広まっています!」


 エリザベートがレザムールズ領に出向くと決まった途端にこんな噂が耳に入ってきた。


 自慢の巻き髪をクルクルと指で触りながらエリザベートは違和感を感じていた。


「怪しいわね……タイミングが良すぎるわ。誰か本当かどうか確かめて来なさい!」


「…………」


「誰もいないの? そこのお前!! 行け!」


「ヒィーーーー お許しください。死んでしまいます」


「お嬢様……ホクトと言うレザムールズ領の行政長官から家具等を支援して欲しいと依頼が来ています。高値で売れば多少の金は手に入るかと……」


 何とか自分達がレザムールズ領に行かずに済む様に側近達も必死だ。


「そんな物ではわたくしの欲しい最新のドレスは買えないわ。まとまった金が要るのよ!!」


「……そのホクトなる者が言うにはエドワード領の優秀な木工職人を人的支援として譲ってくれないかと申してます」


「それは駄目よ……アイツらは重要な資金源でしょうが!」


 エリザベートの怒りは頂点に達していた。


「そんな事もお前達には分からないの! クズ共が!!」


 どんどん本性が表に出てくる……


「で、ではあの老ぼれ職人を売りつけてやりましょう! 後は小さな村々で公募して、騙された馬鹿な職人を付録につければ数は揃うかと!」


「お前〜〜」


「ヒィーーーーーー」


「なかなか良い案ですわ。さすがわたくしの側近でしてよ。この前、引退させた頑固ジジイがこんな事に使えるなんてね。素敵……」


 コロッと満面の笑みに変わってエリザベートはご機嫌になった。そして極悪の微笑みを浮かべる。


「でもいくら馬鹿な職人共と言っても疫病が蔓延している所へ行くとは思えないわね……」


「う……そうですね……」


「商業ギルドに最低3名は職人を出す様に伝達しなさい! これは国から命令されている人的支援なのよ! 命令に反したらクビにすると脅しなさい!!」


「は、はい……承知しました……」


 その翌日……


「エリザベートお嬢様。商業ギルドから人選が出来たと連絡がありました」


「早いわね……」


「はい……移住を願い出ている者が多いそうで……」


「有能な者は当然駄目よ? 確認したのでしょうね?」


「も、勿論です。小さな村の無名の職人ばかりです」


「何名いるのかしら?」


「3名です」


 ニヤリとエリザベートは微笑んだ。そして考える素振りをする。きっと頭の中で金を数えているのだろう。


「あの女……プライドだけは高そうだったわ。アイツに値段を決めさせるわ。フフフ……」


「冒険者上がりの荒くれ者にでございますか?」


「きっと高値で買い取るはずよ! 馬鹿丸出しのね!」


 エリザベートは舞踏会に最高の衣装で臨めると確信をするのだった。

 


 〜 ギルド レザムールズ 会議室 〜


 エリザベートから書簡が届いた。


 高級木工職人1名とその弟子3名の人的支援をする。


 但し、有能な技術者なので相応の金銭が必要である。


「優秀な職人だからタダでは譲れないと言ってきた。思った通りだな。金額はこちらで決めろだとさ」


 シャバニさんが書簡を見ながら笑っている。


「でも難しいですね……金額を決めるのは……」


 ティアナもさすがに考え込んでいる。そうだよね……相場が分からないよ……


「500万ゴールド出すわ」


「お、多すぎます! いくらなんでもそれは多いです!」


「そうかしら? お金は働けば入ってくるけど人を得るのは難しいわ。それにアイリスがスカウトした者達よ。500万でも安い位だわ」


「ニャーゴ……」


 ニャンタは何か言いたそうだけど鳴き声だけだ。


「人は宝よ……人材を得る事は今のレザムールズ領にとって重大案件ね。もっと多くの人材が欲しいわ。それはどれだけダンジョンに通っても得られないのよ」


 ミンフィーは領民全てを宝だと思っているんだね。


 会議を終えるとすぐにミンフィーはエドワード領に向けて出発した。僕もお供するよ!


 

 〜 エドワード伯爵の屋敷 〜


 物凄い豪華な衣装を着たエリザベート嬢が部屋の奥にいる。顔の半分を布で隠していてその表情は読み取れないけどきっと極悪な笑みを浮かべているのだろう。


 ミンフィーと僕も布を顔に巻いて口と鼻を隠しているよ。


「この度は申し出を受けてくださり有難う御座います」


「まだ受けてないわ。とても優秀な職人達だから簡単には譲れないのよ。お分かりでしょう?」


「勿論です。500万ゴールドでいかがでしょうか?」


 エリザベート嬢の目元がハッキリとニヤついているのが分かる。ドリルみたいな髪の毛が小刻みに弾んでいる……


「少ないけどまあいいわ」


「有難う御座います。足りないと思いましてダンジョンから持ち帰った布材をお持ちしました。お納め下さい」


 僕はビロード布をテーブルの上に置いた。


「いい心がけね! 下がってよろしくてよ!」


 エリザベート嬢が手で僕達を追い払う仕草をした。

 ドリルが激しく上下している。上機嫌みたいだね……


「エリザベート様のご厚意に感謝致します。失礼します」


 ミンフィーと屋敷を立ち去り、そのまま木工職人ラモットの所へ向かった。


 小さな村の小さな家にその老人はいた。


「初めましてラモット様。レザムールズ領主ミンフィーです。どうか私達にそのお力をお貸し下さい」


 ミンフィーが深々と頭下げた。


「お、おやめ下さい。私は見ての通りの老人です。とても領主様のお役に立つとは思えません」


「いえ。アイリスの持つ竪琴の音色を私も存じています。あの様な素晴らしい楽器を作れる方を私は知りません」


「あ、あの吟遊詩人は……」


「私の仲間です。人材を求めて旅をしていたのです」


「……ミンフィー様でしたか。相当なお方のようじゃ」


「ぜひご指導をお願いします」


「分かりました。わざわざ来られなくとも移住の命が下されると聞いておったのに……」


「それでは私の気が収まりませんので」


「いやはや……これは気を入れ直して頑張らねば」


「表に馬車が用意してありますのでどうぞ」


「もしや弟子達の所にも?」


「同じく仲間を迎えに行かせています。ご安心を」


「これは参った……すぐ準備するのでお待ちくだされ」


 こうしてミンフィーはレザムールズ領に優秀な木工職人達を招く事に成功した。

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