第107話 それぞれの事情

 エストアール王国は女帝国家だ。皇位継承権は女性にのみある。その皇位継承は毎回のように争いが勃発する。現女王が即位した際も例外ではなかった。


 皇位継承の最有力候補だったのは1000年に1人の魔術師と言われた現女王の姉。しかし即位したのは平凡な妹の方であった。姉は呪いの魔術が得意な呪術師で多くの者から不気味がられ何より恐れられていた。


『呪術が得意なだけで至って温厚な人柄であったらしい』


 しかし、彼女の持つ才能・スキルは恐れられ、エストアール王国西側の辺境地に幽閉されてしまったのだ。

 その後、魔物達を従えて王国に反旗を翻した。西の魔女と呼ばれる様になり、才能・スキルを奪う秘術を用いて王国を蹂躙し始めた。


 西の魔女を討伐する為に大規模な討伐軍が編成された。


 女王の長女で若き天才、100年に1人の賢者が総大将を務める討伐軍は善戦したものの秘術を打ち破る事は出来ず劣勢を強いられていた。


 双方に多大な損害を出した戦争は王国側の賢者と副将の剣聖を失った後に停戦合意が成立した。


 賢者と剣聖の生死は不明だ……


 その遺体を見た者は誰もいない。


 停戦合意したものの西の魔女は魔物を巧みに操り、王国に害を成し続けている。アイリスの故郷であるエルフの森の様な重要地を魔物に襲わせたのが一例であった。



 〜 レザムールズ領 シャバニの工房 〜


 工房の奥にシャバニの部屋がある。そこには旅から帰って来たばかりのクルミが居た。

 クルミはシャバニの目、耳となって王国の内情を徹底的に調査していた。


「南の中都市に美味しいお菓子が売ってましたよ〜」


 そのお菓子をパクパク食べながらクルミが報告をする。


「取引出来そうか?」


「領主の評判が良くて都市の中も活気がありました。美味しい物が沢山ありましたね〜」


 クルミの情報は食べ物の事が多い。

 

「ほう……食料は豊富なのか。何か不足してそうな物は無かったか?」


「西の魔女に水源をやられたらしいです。お酒の製造まで水を回せないらしくて価格が高騰してました」


「よし……次はエドワード領に向かってくれ。少しの変化も見逃すな。平民達の噂話も聞いてきてくれ」


「は〜い」


 得た情報はホクトとミンフィーだけが共有している。


 クルミはシャバニの指示で情報を集めるだけで自分では何も考えない。それが彼女の長所であった。余分な考えが情報に入り込まないのだ。無垢な情報を持ち帰ってくれるのはシャバニにとって重要なことだった。

 

 他にも複数の情報屋を使っていたがクルミの情報は信頼出来る。


「そうだクルミ。家族は元気か?」


「はい! 夢の豪邸生活で幸せ一杯みたいですよ〜 お風呂まであって信じられません!」


「そうか……しばらくギルドハウスに行く。ペガサスを休ませてやってくれ」


 シャバニが向かったのはスペシャルダンジョンだ。転生者である彼の戦闘力は飛躍的に伸びていく。


「いざとなれば俺がここを守ればいい……」


 その実力はモッシュ達を遥かに超えていた。


「前と同じ事はしたくないのだがな……」


 多くの人を殺した前世の記憶を思い出してそう呟いた。



 〜 レザムールズ領 ギルド協会本部 〜


 協会本部ではミシェルがギルド職員の指導をしていた。ミシェル以外は全員素人だから大変だ。


「ミシェル。様子を見に来たよ」


「あら? ゴーレムマスターじゃないの? 今日は作業はしなくていいのかしら?」


 ザリウスは腕輪をミシェルに見せてニヤリと笑った。


「今日は2体しか動かしてないんだ」


 魔導ゴーレム2体ならモッシュの飲み物だけで維持出来る様になったのだ。


 ここは冒険者ギルドと商業ギルド協会だ。レザムールズ領内だけではなく、国内各地の協会と提携して活動しないといけない。


 多くの若者達がギルド職員として教育を受けている。既に冒険者達は活動しているので冒険者ギルドの業務を優先して教育していた。

 商業ギルドの方はミシェルにとっても未経験の業務だ。管理者向けの国内共通マニュアルがあり、それで学んでいる。


「仲間をここに呼ぼうと思っているんだ……」


「……そう……ミンフィーさんに話したの?」


「ああ。構わないと言ってくれた。望むなら村でも町でも作っていいそうだ」


 ザリウスの種族、ダークエルフは滅びゆく種族と言われていた。大昔に魔力の才能に驕った祖先が世界樹を枯らしてしまったのだ。それにより精霊に見放され、精霊魔法が使えなくなり栄華を誇ったダークエルフの国は滅びた。

 ダークエルフ達は一族の再興が悲願であるが失った物は大きく衰退の一途を辿って現在に至っていた。


『 ダークエルフは種の存続も危ぶまれていた 』


 ミシェルはエルフの純粋種だ。仮にザリウスとの間に子が出来てもダークエルフの血は薄くなってしまう。


「まずは都市の中で暮らすべきよ。自分達だけの集落を作っても森の奥で身を潜めている今と何も変わらないわ」


 ダークエルフは総じて社交が苦手だ。その見た目から相手が壁を作ってしまうのもある。


「それは分かっている。説得してみるつもりだ」


「また? 同じ事の繰り返しよ?」


「いや……あの時とは違う。ここには何かがある」


「それは私も感じるわ……」


 ザリウスはミシェルの手を握りしめた。


「必ず君を幸せにする。その約束は必ず果たす。でも今は一族の為に動かせてくれ」


「…………」


 堂々と自分達の世界に入り込む2人だが……その周りには多くの職員達が事の成り行きを見守っていた。


 コクリとミシェルが頷くと……


 パチ!パチ!パチ!パチ!


 盛大な拍手が巻き起こり、ようやく大勢が見ていた事に気づく2人だった。

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