第95話 知らない国

 真夜中にシャングリラを出発する事にした。シャバニさんのペガサスにホクトさんと2人で騎乗する。

 ハウスの厩舎にいる白馬のペガサスには羽根は無い。普段は魔法で隠しているんだ。郊外に移動してから飛び立つ予定だよ。ノーム族のホクトは少年の様に小柄なので2人乗りでも楽々とペガサスは歩いている。


「今日は曇天なので姿を消す薬は要りませんね」


 薬はとても貴重な物なので出来るだけ使わない方がいい。

 ペガサスを操っているのは前に乗るホクトさんだ。馬に合図をするとバサッと大きな羽根を広げ、真っ暗闇の夜空を超高速で駆けていく。信じられないスピードで周りの景色が流れていくのに全然風圧を感じない。ペガサスが魔法で障壁を張っているんだってさ。


「少し速度を落とします。この辺りから風景が変化して来ますのでよく見て下さい」


 幾つかの都市を通り過ぎ、大規模な農場が見えた。北へと進むにつれ深く森が続く様になっていく。その森を抜けた先には何も無い平原があった。そして……


「ここがエストアール王国が築いている砦です」


 東西方向に延々と木の柵を建築している。所々に小さな砦があるので兵士が中にいるんだろうね。


「あそこを見て下さい」


 ホクトさんが北の方を指差した。何か黒い固まりが動いているのが見える。


「あれがゴラス帝国の魔導ゴーレムです」


 ホクトさんはペガサスを下降させて魔導ゴーレムに近づいていく。


「大丈夫なんですか!?」


「はい。こちらから襲わない限り何もしません」


 空き地にペガサスを降ろして休憩をする事にした。魔導ゴーレムは何かやっている様だけど暗くてよく見えない。

 やがて朝日が登ってきた。魔導ゴーレムが何をやっているのかが分かった。


「畑を耕しているんですね……」


「既にここはゴラス帝国内です。あの魔導ゴーレムはSランクの冒険者に匹敵する戦闘力があります」


 何体もの魔導ゴーレムがひたすら荒れた大地を耕しているのが見える。


「あれだけの数のゴーレムが攻めてきたら……」


 エストアール王国の防衛線は簡単な木の柵だった。魔導ゴーレムは僕達が倒した『そびえ立つ壁』より巨大に思える。

 

 その気になれば簡単に防衛線を突破出来そうだよ……


「心配する必要はありません。ゴラス帝国は決して攻め込んだりはしませんので」


「でも……攻めてくる心配があるから柵を作っているんですよね?」


「ご覧の通りです。魔導ゴーレムは農作業をしています」


 じゃあ何の為に柵を作っているんだろう?


「近くに小さな町がありますのでそこで食事をしましょう」


 のんびりとペガサスを歩かせて町まで移動した。


「この町には美味しい料理を出す食堂がありますよ。ちなみに何をどれだけ食べてもタダです」


「え!? それは凄いですね」


「はい。ゴラス帝国にはお金が存在しませんので」


 お金が存在しない? 変な国だね……


 食堂に入るとすぐに若い女性が対応してくれた。


「旅の方ですね。何を食べますか?」


「簡単な朝食のセットをお願いします。モッシュさんは?」


「え、えっと……僕もそれでお願いします」


 女性の額には変わったマークが付いていた。


 なんか猫の手みたいなマークだ!


「額の印はマタータ教徒の証です。猫の肉球マークですね」


「ホクトさんはマタータ教徒では無いんですね」


「はい。私はマタータ教徒になった事はありません」


 ちょっと待ったらパン、サラダ、目玉焼き、牛乳の朝食セットを持ってきてくれた。


 食べてみると……とても美味しい。これがタダ?


「この町はエストアール王国の町でした」


「え!? やっぱり占領されたって事ですか?」


「いえ。町民が望んでマタータ教徒になったのです。変わっていますが、ゴラス帝国には国境という考え方がありません」


「国境が無い? よく分からないですね」


「あるのはマタータ教徒なら保護するという考え方です。マタータ教徒の暮らす所には魔導ゴーレムが派遣されます」


 食事を終えたら町の中を見ていく。不思議な感じだ。町民達は誰も働いていない。


「あまり人が居ませんね」


「皆、静かに祈りを捧げています。その祈りが魔導ゴーレムを動かすのです」


 町の中にはお店も無い。通りを歩く人も居ないよ……


「ゴラス帝国には身分の上下、貧富の差がほとんどありません。マタータ教徒が助け合いながら平穏に暮らしていく国。ただそれだけです」


 違う町を見に行く事にした。その町は特殊な町らしい。ペガサスに乗って駆けていく。姿を隠す必要も無いそうだ。

 ゴラス帝国は平和そのものだよ。僕は勝手に凶悪な国だと思い込んでいたみたいだ。


 凶悪な国どころか兵士の姿も無い……


 当然だけど砦や城壁もない。


「モンスターは居ないんですか?」


「モンスターは出現したらすぐに魔導ゴーレムが駆除しますので居ないも同然ですね」


 ホクトさんの言う特殊な町に着いた。町の中に入ったらすぐに何が特殊なのか分かった。


「猫耳族の街ですね」


「そうです。大昔、魔猫狩りが行われた事はご存知だと思います。その際に猫耳族も立場が危うくなりました」


「全く関係ないですよね……」


 魔猫を憎む気持ちが猫に飛び火し、更に猫耳族まで影響が及んだのか……


「はい。ニャンゴラは各地に身を潜めていた猫耳族を保護したのです。その恩を返したいという思いがマタータ教の始まりだと言われています」


 それなら猫耳族の大半はマタータ教徒なのかな?


「フェンはマタータ教徒じゃないですよね?」


「額に印が無いですからね」


 猫耳族の町の広場にはニャンゴラの銅像が置いてあった。そこに多くの猫耳族が集って熱心に祈りを捧げている。


「ゴラス帝国には多くの猫耳族が暮らしています。それに比べるとエストアール王国に居る猫耳族はごく少数と言えますね」


 何かがおかしい……


 僕の知っている事と現実に差がある。エストアール王国とゴラス帝国は停戦中なのは間違いないんだけど、ゴラス帝国には戦う気が全く無い。


 ゴラス帝国は他国を侵略する国……


 エストアール王国の町がゴラス帝国の町に変わっているのは事実だ。それは武力によって侵略したんじゃない。


 マタータ教徒になる事を住民が選択したんだ


 エストアール王国が領地を取り戻そうとすれば魔導ゴーレムと交戦する事になる。


 領地を取り戻しても人の考えまでは変えれない


 エストアール王国に出来る事は……


 これ以上マタータ教徒が増えない様に国境を封鎖しているんだ。それしかゴラス帝国の拡大を防ぐ方法がないのか……


 冒険者は生活する為に命を懸けてダンジョンに挑む。もし祈るだけで平穏な生活が出来ると知ったらどうなる?

 

 ゴラス帝国はこれからもどんどん拡大していくな


 祈りを捧げるだけの生活か……


 僕は……前を向いて進みたい。日々、変化していく暮らしを楽しみたいな。


 今日と違う明日があるから僕は頑張れる


 少しずつでいい 一歩でも前に進みたいんだ

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