第89話 帰ってこない猫

 〜 ギルド『レザムールズ』ハウス ロビー 〜


 ロビーには重い空気が漂っていた……


 もう2週間だ……


 ニャンタがスペシャルダンジョンEー3クリアに挑戦して2週間も帰って来ない。


 ニャンタ用の矢尻が山になって作業場に置いてある。


「死んだな」


 シャバニさんがみんな口に出せない事を言っちゃったよ。


「まだ分からないわ……ニャンタの戦い方はとても堅実よ。訓練も充分にして挑戦したわ。Cクラスのダンジョンでも活躍出来るニャンタが負けるとは思えないわ」


「しかし、アイツは猫だ。人とは違う」


 最初はちょっと遅いなくらいにしか思ってなかったけど。


 さすがに2週間は長すぎる……


 ニャンタ……生きていてくれ……


 みんなジッとここで待つ訳にはいかない。それぞれ活動しないといけないからね。


 ティアナは信じてスペシャルダンジョンDー1へ行った。


 ティアナ……強いんだな。


 僕もニャンタを信じて自分の事をやろう!


 本日の掘り出し物を異次元リュックサックに収納して店へ向かった。


 今日の掘り出し物は僕が作った「ボーンナイフ」だ!


 骨のナイフ +5  付与:毒


 ザリウスに状態異常の毒を付与して貰った逸品だよ!


 これの紹介チラシをクルミに考えさせ書かせた。


『鉄のナイフよりも強くて軽い毒ナイフ! 限定3本』


 ザリウスと僕のコラボ商品だよ。いくらでも作れちゃうけど3本にしといた。

 価格はホクトさんと相談して1本10000ゴールド!


 素材はタダ同然なのでボッタクリだと思ったけど、違うんだってさ。


「これを作る為に多くの経験と労力が必要だったはずです」


「うーん。確かにそうですね」


「これを100ゴールドで売ったら、他の職人は生きていけなくなりますよ」


 そんな経緯で超強気の価格設定になっている。


 まず開店と同時に1本売れた。最近は掘り出し物だけを朝一番にチェックしてから冒険者ギルド協会支部へ行く人もいるみたいだ。


 お客さん達はジッとナイフを見つめて真剣に悩んでいる。初級者レベルならとても良い性能だ。後衛ジョブの護身用としても優れている。


 クルミがチラシの限定3本を2本に修正した。チラシはレジカウンターの前と店の外に1枚ずつ貼られている。 

 午前閉店間際にまた1本売れた。


 最後の1本は夕方の開店と同時に初心者パーティーの人達がお金を出し合って購入していった。みんなで大事に使うらしい。僕も最初は棍棒で頑張って戦っていた。あんなに良いナイフなんてとても買えなかった。嬉しいだろうな。


「オマケを用意するから待っててね」


 アームホルダーにポーション2本と毒消し薬2本をセットして渡した。


「無理しない様にね。また来てよ」


 ただ無事を祈るだけだ……


 

 店を閉めてハウスのロビーに入るとシャバニさんが待っていた。次第にみんな集まってきた。どうも話があるみたい。


「揃ったな。今日、魔王に会ってきた」


 ニャンタの事だね……シャバニさんも心配なんだ。


「スペシャルダンジョンで死んだら冒険者カードが扉から戻ってくるそうだ」


 え!? じゃあニャンタは!!


「死んでないぞ。アイツは」


「じゃあどうして出て来ないんですか!」


 ティアナが泣きながらシャバニさんに聞いた。


「魔猫用に特別な回復スポットがあるのは知っているな?」


 ティアナがウンウン頷いている。


「奥に進むほど体力、魔力共に回復量が増すらしい」


「まさか……あのバカ猫!」


 突然、ミンフィーが怒り出したよ!! 


「ああ、魔王が言うには奥でワザと留まっている可能性が高いらしい」


「でも、何でですか? クリアすればいいのに……」


 何度でもクリア出来るのに籠もる必要は無いよね。


「奥の方がスキルが上がりやすいらしい。1より2、2より3の奥が上がる」


 全く気が付かなかったよ。ただ何とかクリアしようとしか考えなかった。


「魔猫にとって奥に進むのは大変な事だ。その救済策を逆手に取ったスキル上げらしい」


 よくそんな事を思い付いたよね。怒るより感心しちゃう。


「前代未聞の大馬鹿猫ね!!」


 ミンフィーが激怒しているけど、シャバニさんはニヤリと笑った。


「ギルマスよ、違うぞ。過去に1匹だけ同じ事をした魔猫がいるらしい。だから魔王はニャンタが出て来ない訳を知っているんだ」


 1匹だけ……まさか……


「魔王の使い魔『ニャンゴラ』だ」


「ス、スキル上げって事は上がれば出て来るんですよね」


 ティアナがかなり動揺している。


「ニャンゴラは全ての魔法スキルがEー3で上がらなくなるまで出て来なかったらしい」


「ニャンタは6属性に重力、毒の状態異常で8種類の攻撃系魔法スキルがあります……」


「ニャンゴラは重力は持ってなかったそうだ。でも2週間も掛からずに出てきたと言っていた」


「ニャンタ……まさか全スキル上げるつもりなの?」


「攻撃をワザと受けて体力や防御スキルまで上げる可能性がある。そこまでやったのは魔王だけらしい」


 あの小さな体で敵の攻撃をワザと受ける!? 


 意味が分からない。スキルを上げたいだけで?


「その種のヤツは強くなれると気付いたらとことんやるぞ。妥協など一切しない」


 ニャンタにはやらないといけない理由があるんだね……


 どう考えてもただ強くなりたいって感じじゃない。


「引きずり出してやりたいわ!!」


 ミンフィーはカリカリしているけど……


 とても長い沈黙が続いた。


 クルミがクッキーをパクパク食べてる。


 僕にはみんなが何を考えているのかよく分かる。きっと同じ事を考えているよ。1人を除いてね……


「あなた達まさか……ダメよ! 危険すぎるわ!」


 ……………


「大馬鹿者の集まりね……」


「俺はやらない」


 シャバニさんはやらないよね……でも僕はやりたい。


 いや……僕が1番やらないといけない!!


 パーティーの盾役は僕だ! 


 僕が1番防御スキルを上げておかないと!!


「ソロでやるのは禁止よ……やるならパーティーでやって」


 みんなまだ考えている。ミンフィーの言葉がすんなりと受け入れられずにいた。


 もっと強くなりたい……


 効率良くスキルを上げれる。僕達のダンジョンは魔猫仕様ではないけど、リュックサックに食事や回復薬を詰め込んで行けば真似出来る。通路には敵が絶対に出ないんだ。


 強くなりたい……


 もっと強くならないと……


 ミンフィーの隣りにずっといる為に……

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