第2話
掃除をサボることに、ここまでの罪を感じたことはなかった。たかが掃除、されど清掃なのか。同級生たちの冷たい目が、脳裏から離れない。
せっかく自由の身を得たのに、これでは気分が悪くなる一方だ。
ネクロは通学路の途中にある商店街を歩きながら、この嫌な気分を変える方法を考えていた。
その時、ネクロの鼻が香ばしい匂いを嗅ぎ取った。
「これは……」
いつもの場所、毛筆書体で書かれたいつもの惣菜屋の看板。そこから漂ってくるのは、ネクロの好物である揚げ物の香りだった。
もう我慢できなかった。手が勝手に財布の小銭を数えていた。ネクロは店に駆け込み、店員のおばさんに八十円を渡した。
注文してすぐ揚げてくれるのが何とも嬉しい。新鮮なパン粉をまとったタネが、油の中で踊る音を聞くと、心が踊った。
「あいよ、揚げたて!」
おばちゃんから渡されたコロッケは出来たばかりで、包装紙の中で衣が弾けていた。
「よーく味わってくれ。なんぜ俺のコロッケは日本一だからな!」
厨房の奥から店主の陽気な声がする。彼はすぐに次のコロッケに取りかかった。
ネクロの腹がくぅと鳴る。さっそく一口かぶりついた。やっぱり旨い! 喉から幸せが昇ってくるようだ。先程まであった冷たい憂鬱なんて、嘘のように吹き飛んだ。
「さて、次は……」
純粋なじゃがいもの味を楽しんだ後は、味を加えて食べたい。ネクロの好みのトッピングは、定番のウスターソースだ。
サービスで惣菜ケースの上に置いてある、ソースの容器を取り、逆さまにしてギュッと押した。
「あれ?」
ネクロは異変に気づいた。気づかなければ、このまま幸せだったかもしれないのに。
「あの、おばさん。ソースが空なんだけど」
いきなり冷気を感じた。惣菜屋の厨房との温度差で、とつぜん突風が吹いてきてネクロの髪の毛を揺らす。さきほど教室で起こったように、店の明かりが消えて、世界が暗転した。
夫婦の冷めた目がネクロを睨みつけていた。先程までの優しそうなおばさん、陽気な店主はどこにいったのだろう?
(あんた、それ
(おい、小僧……俺はな、いま
店の雰囲気が一変していた。おばちゃんと親父は、いまやすっかりネクロの敵になっていた。
満たされていた心や胃袋から、幸せがしゅうしゅうと蒸発していく。ネクロは二人の視線に耐えきれず、ソースを諦めて惣菜屋を立ち去った。あんなにホクホクだったコロッケは、いまやボソボソの塊にしか感じられない。
あの幸せはなんだったのか。
ネクロは考えた。あの老夫婦の最初の態度は、しょせん接客サービスでしかなかった。中学生が払った八十円分の価値なんて、そんなものだ。
あのままコロッケを、何も付けず食べて続けていれば……欲張って味を変えようとしなければ……。
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