ネクロは聞く

まきや

第1話



「これで、帰りの会を終わります。きりーつ、礼」


 日直の女子の声を聞いて、クラスの生徒たちが立ち上がる。


「「さようならー」」


 挨拶のあとは、終わった感独特の空気が教室中にあふれる。


 若い男の先生が、通る声で言う。


「みんな、気をつけて帰るんだぞー。おっと、待て櫻井さくらいは残ってくれ。(耳打ちして)お前だけ補習だ。このまま教室で待っているように」


「え……まじっすかぁ?」


 宣告された生徒は、本気で嫌そうな顔になった。こっそり聞いていた友人のちゃかす声がする。


 クラス中が明るい雰囲気の中、カーテンの影に潜んで、ひとりの男子生徒の姿があった。教科書を学生カバンにしまう仕草に、無駄がない。立ち上がって椅子が床を擦っても、物音ひとつ立てなかった。


 生徒は教室を去ろうと足早に歩き始めた。しかし目ざとい女子のひとりに見つかった。


「ネクロくん!」


 背中越しに問いかけられ、ネクロの動きがぴたりと止まった。


「掃除当番だよね。はい!」


 丸顔の少女は当然といった態度で、ネクロに使い古されたモップを差し出した。


「えっと……俺、今日は腹の調子が悪いから、悪いけど帰るわ」


 ネクロは下腹部のあたりを押さえた。誰から見ても下手な演技と言い訳だった。


 それでも彼は疑われる事なんて気にしなかった。今この場から逃げられれば、それでいい。後から何を言われようと構わなかった。


 けれど、そんなネクロにも耐えられないものがあった。それはたった今、この瞬間の、同級生からの冷たい視線。あからさまな軽蔑の表情だ。モップを持つ女子の手が怒りに震えていた。


(そんな解りやすい嘘までついて、掃除をやりたくないのね)


 相手の心の声が聞こえた気がして、ネクロの体に緊張が走った。それに加え少女の背後からも、大量の刺すような視線を感じた。


 クラス中の生徒が振り向いて、ネクロを見つめていた。掃除を始めようとしている生徒から、帰ろうとしていた生徒まで。


 ネクロはその視線の威力に後退あとじさった。


 明るかった教室が、だんだん闇の中に飲み込まれていく気がした。顔だけになった級友の顔が風船のように膨らみ、四方八方からネクロを追い詰めるイメージから、逃れられない。


(あいつ最低なやつだな)


(誰だって掃除、やりたくないのに)


(どうせ早く帰っても何もすることないくせに!)


 どこもかしこも、ネクロに向けられた疑いと非難の声だらけ。誰も同情してくれる仲間はいなかった。


「そんなことはない! 俺は本当に具合が悪いんだ!!」


 逃げ場のなくなったネクロは、同級生たちに背を向け、教室を飛び出していった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る