「――と、『くず屋』の清兵衛さんから伝言を頂いているのですが」

 夕餉を取りながら、私は先生に今回の件について話をした。

 今日の夕食は、山芋の丼に、油揚げの味噌汁と、蕪のぬか漬けだ。

 山芋は剃ったものが、ざく切りに刻んだものの上にかかっており、ちょこんと乗った山葵が可愛らしい。醤油を基調としただし汁を上からかけて一口口に含むと、香ばしい香りが口から鼻腔に抜ける。どうやらざく切りにした後、一度軽く火で炙っているようだ。鼻に抜ける山葵の辛さも、食欲をそそる。

 味噌汁をすすると、油揚げも一度火で炙っているらしい。言い様もない敗北感を噛みしめるように油揚げを食べると、中から人参が出てきた。不意に現れた甘みに、私の味覚はとろけてしまう。

 蕪も良い漬かり具合で、噛めば噛むほど旨味が口の中に広がり、それなのにさっぱり食べれる。何だこれっ!

「しかし、腹籠の仏像ですか」

「な、何ですか?」

 食事に夢中になっていた私は、慌てて先生に視線を向けた。

「いえね。清兵衛さんが売ったという、その仏像様の事ですよ」

 先生の料理に驚嘆していた私に向かって、相変わらず本を読みながら先生は思案げにつぶやく。

「仏像様の中にもう一体、仏像様や観音像、経典なんかが入っている事があるんです」

「それが、腹籠の仏像、ですか?」

「ええ。そのお侍様、高木様でしたか。何か、見つけたのかもしれませんねぇ」

「何か、ですか?」

「きっと、子宝にでも恵まれたのでしょう」

「そ、それだと、清兵衛さんの首が落ちる事になるんですかっ!」

 味噌汁をすする先生に向かって、私は焦りながら聞いた。

 しかし先生は全く気にした様子もなく、蕪の漬物に手を伸ばす。

「清兵衛さんの件は、放っておいても大丈夫ですよ」

「高木様に斬られる心配は、ないと?」

「九分九厘」

 先生は景気良く音を立てながら、漬物を口の中で噛み砕いていく。

「その高木様は、細川藩の江戸勤番としてやって来たんですよね? でしたら仕事があるはずなので、いちいち誰かの首を刎ねている暇はないでしょう」

「でも、高木様は実際に『くず屋』の顔を改めているんですよ? 斬り捨て御免ぐらい、あり得るんじゃないでしょうか?」

「その斬り捨て御免が、面倒なんですよ」

 意味がわからずに首を傾げる私に向かって、先生は山芋の丼を食べながら口を開く。

「斬り捨て御免を行った武士は、まず自分の行為を町の役人に届けなくてはなりません。その後斬りつけた理由を説明し、さらに目撃者や関係者の話も参考にして、その正当性が吟味されます。江戸で罪のあるなしを決めるのは町奉行所の役目ですので、斬り捨て御免を行った武士は縄をかけられ、町奉行所まで連行。そこで裁きを待つ必要があります」

「そんな複雑な手順を取るんですか?」

「だから言ったじゃありませんか。そんな面倒なことするはずない、って。大名行列の前を横切ったっていうんであれば話は別ですが、買った仏像様の首がとれた程度で、いきなり無礼討ちはないでしょう」

「だったら、何で高木様は清兵衛さんを探してるんでしょう?」

 そういった私に向かって、先生は小さく笑みを作った。

「仏像様は買ったが、中の子まで買った覚えはないとか、そんな所じゃないですかね」

 子?

 そう思うものの、清兵衛さんの首が刎ねられるような事はないとわかり、私はひとまずその日は安心していた。

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