③
「くずぅい、くず屋ぁお払ぁぃ」
お得意様を回っている途中、私は前から見知った顔が歩いてくるのに気がついた。彼は籠を担いでおり、その中には天秤秤と、今日集めたのであろう反古紙や古着、古鉄などが入っている。
私は彼に向かって、声をかけた。
「清兵衛(せいべい)さん、こんにちは」
「おや、お亀ちゃんですかい? こんにちは。どうです? 商いの調子は」
「先生が、もう少し働いてくれるといいんですけど……」
「あははっ。『相談屋』の旦那は、相変わらずみたいですね」
私の近況を聞いた清兵衛さんは、人好きしそうな笑顔を浮かべる。そんな彼に向かって、私はため息混じりに口を開いた。
「……うち本業は、『貸本屋』なんですが」
「おっと、こいつはすみません。まぁ何にせよ、そちらの旦那はうちの上得意でもありますから、また必要なもんがあれば是非お声をかけてくださいとお伝えくだせぇ」
「はい、わかりました。清兵衛さんの方は、どうです? 商いの調子は」
「あたくしは相変わらず、しがない『くず屋』でして」
そう言って清兵衛さんは、籠を背負い直した。
『くず屋』とは家々を歩いて周り、古い帳簿類や反古紙などを買い集める商売だ。紙以外にも古着、古銅、古鉄、古道具などをも買い集め、買い集めたものはそれを『直し屋』、『古着屋』、『古鉄屋』、『古道具屋』などに売り払う。家々で買った物を売って、その差額を利益とするのが『くず屋』という商いだ。
清兵衛さんは芝白金近辺を中心に商いを行っている『くず屋』で、あまりにも正直者過ぎることから、『くず屋』の仲間内で正直清兵衛とも言われている。
そんな正直清兵衛さんは、うちの先生とも知り合いだった。日本橋通りで『地本問屋』巡りをし、そのまま麻布、品川まで仕事もせずぶらぶらと歩いていた先生は清兵衛さんと出会い、先生が本の修繕をするために彼から大量の紙を買ったのが縁で、付き合いが続いている。
清兵衛さんが先生を上得意と言ったのは、くずを買い取る相手ではなく、売る相手という意味だ。
私としても『貸本屋』で貸す本を先生が直すのは反対ではないのだが、これがまた馬鹿が付くほど几帳面に直すので出費がかさみ、私の悩みどころの一つにもなっていた。
そんなうちの家計とは正反対に、清兵衛さんの商いは順調そうだった。籠の中には長屋を回って集めたであろう、くずが沢山入っている。
その中に私は、奇妙なものを見つけた。
「清兵衛さん。これは一体何ですか?」
「ああ、これですか?」
そう言って清兵衛さんが籠の中から取り出したのは、一体の仏像だった。
「これね。清正公様脇の裏長屋に住んでいらっしゃる、御浪人様からお預かりした品なんですよ」
「触ってもいいですか?」
「どうぞ」
清兵衛さんから仏像を受け取り、私はそれをしげしげと見つめた。大層時代が付いているようで、このまま飾るには汚れが目立ちすぎている。少し揺すってみると、中から何やら音が聞こえてきた。
私は不審に思いながらも、それを清兵衛さんに返す。
「清兵衛さん。それ、骨董ですよね? 今まで目が利かないから、手を出さないって言ってたのに」
「あたくしも御浪人様に、そう言ったんですけどね。最近雨が続いて商売が出来ないっていうもんですから。娘さんと二人暮らしをなされていらっしゃるんですが、それがもう大層器量が良い娘さんでしてねぇ。生活に困ってるっておっしゃるんで、その仏像様は百文でお引き取りして、利益が出ればあたくしとその御浪人様で折半する、っていうことにしたんですよ。そうすれば他の『くず屋』の方があたくしよりその仏像様を高く買ったとしても、その御浪人様に損が出にくくなるでしょう?」
「なるほど。でも、それだとその仏像様が百文以下の価値しかない場合、清兵衛さんの損になっちゃいますよ?」
「その場合は、しょうがないですよ。まぁあの御浪人様との縁が出来たと思えば、それはそれでいいんじゃないかと」
「お得意様がお一人見つかった、というわけですか」
「そうなります」
それでは、と挨拶をして、清兵衛さんは商いに戻っていった。その後姿を見ながら、百文で得たお得意様から百文の利益を回収するのに一体どれぐらいの期間がかかるのかを考えて、私は清兵衛さんらしいと、思わず苦笑いを浮かべる。
しかし、いくらなんでも元帳まで開示して、仕入れ値まで教えてくれるとは、いくらなんでも正直過ぎるんじゃないだろうか?
そんな正直清兵衛さんから相談事を受ける事になるのは、それから七日程経った、ある日のことだった。
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