第三章 磨かれる青井戸の茶碗
①
自分は、生き残った。
そう認識出来たのは、縋り付いた母から引き離された時だった。
自分を守ってくれるものはもう何もなく、雨粒が自分を貫くように降り注ぎ、容赦なく体温を奪っていく。
それでも、自分は生き残った。
生き残って、しまった。
見渡せば、七つの骸が、雨で小さな小川となったような地面に沈んでいる。
その内の一つは、自分の母だった。
「……ぁ」
ようやく口から零れ落ちたのは、肺を絞ったような、不格好な短い喘ぎ声だった。
「おい! 怪我はないかっ!」
自分を物取りから助けたその声の持ち主は、素早く自分の体に手を這わせる。傷口がないか確認するその行為が、自分にはひどく不必要なものだと感じた。
「……どうして」
「ん?」
「どうして、いきてるの?」
何故自分だけ生きているのかと、そう尋ねた。
「どうして、おっかさんはしんだの?」
何故母は助からなかったと、そう尋ねた。
その答えは――
「わからん」
にべもなく、そう突き返された。
それで――
「それでも、お前は生きている。生きているなら、生きていかなくちゃならない」
自分にそんなこと、出来るのだろうか?
わからない。
母は死に、天涯孤独の身となった。
どう生きればいいのか、見当すらつかない。
だから、自分は尋ねた。
「おし、えて。わたしに、いきかたを、おしえて?」
掠れた声は、問というより、願い事をしているようだった。
次の瞬間、自分の視界が朧気に揺れる。今までの出来事が全て幻だったとでもいうかのように、自分の視界は暗転した。
消え行く世界は幻なんかではなく、現実なんだと、今の自分は知っている。
母は死に、自分は生き残った。
けれども自分の最後の願いは、今叶えられている。
通りすがりの自分を助けた、その時は名も知れず、風貌もわからない、たった一人の男によって。
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