第三章 磨かれる青井戸の茶碗

 自分は、生き残った。

 そう認識出来たのは、縋り付いた母から引き離された時だった。

 自分を守ってくれるものはもう何もなく、雨粒が自分を貫くように降り注ぎ、容赦なく体温を奪っていく。

 それでも、自分は生き残った。

 生き残って、しまった。

 見渡せば、七つの骸が、雨で小さな小川となったような地面に沈んでいる。

 その内の一つは、自分の母だった。

「……ぁ」

 ようやく口から零れ落ちたのは、肺を絞ったような、不格好な短い喘ぎ声だった。

「おい! 怪我はないかっ!」

 自分を物取りから助けたその声の持ち主は、素早く自分の体に手を這わせる。傷口がないか確認するその行為が、自分にはひどく不必要なものだと感じた。

「……どうして」

「ん?」

「どうして、いきてるの?」

 何故自分だけ生きているのかと、そう尋ねた。

「どうして、おっかさんはしんだの?」

 何故母は助からなかったと、そう尋ねた。

 その答えは――

「わからん」

 にべもなく、そう突き返された。

 それで――

「それでも、お前は生きている。生きているなら、生きていかなくちゃならない」

 自分にそんなこと、出来るのだろうか?

 わからない。

 母は死に、天涯孤独の身となった。

 どう生きればいいのか、見当すらつかない。

 だから、自分は尋ねた。

「おし、えて。わたしに、いきかたを、おしえて?」

 掠れた声は、問というより、願い事をしているようだった。

 次の瞬間、自分の視界が朧気に揺れる。今までの出来事が全て幻だったとでもいうかのように、自分の視界は暗転した。

 消え行く世界は幻なんかではなく、現実なんだと、今の自分は知っている。

 母は死に、自分は生き残った。

 けれども自分の最後の願いは、今叶えられている。

 通りすがりの自分を助けた、その時は名も知れず、風貌もわからない、たった一人の男によって。

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