「え? お嬢さん、ご病気なんですか?」

「そうなんです。お恥ずかしながら、ここ一ヶ月程床に臥せってまして」

 今日はここで最後にしようと私が飛び込んだのは、大宮という大工の大店。聞けば三度の火事を経験し、その度に不死鳥のごとく蘇ったという、良くも悪くも歴史がある家だった。

 そこで私が知ったのは、大宮さんの娘さんが病気で臥せっているという事実。しかし大宮の旦那さんはというと、娘さんのご病気については全く心配していないのだという。

「うちには、かかりつけのお医者様がおりますので。今のお医者様は二代目でして、先代には私が小さいころから診て頂いております」

「ということは、親子代々ご職業を引き継がれてのお付き合い、ということになるんですか?」

「そういうことになります」

「それは凄い!」

 大宮の旦那さんはご両親から大工を引き継ぎ、その彼を診ていたお医者様のお子さんも、二代目としてお医者様という仕事を続けている。

 同じ先生でも何処かの誰かとは大違いだと、私は思わず口に出してしまいそうになった。

 慌ててその言葉を飲み込んで、私は大宮の旦那さんに手もみをしながら問いかける。

「それで、貸本の方は――」

「申し訳ありませんが、ご贔屓にさせてもらっている『貸本屋』さんがありますから」

「……そうですか」

 大宮の旦那さんに見送られ、私が自分の店に戻ろうとした所、視界の隅に浮かない顔をした人が映った。

 大宮さんの所の番頭さんだ。

 番頭とはお店の経営や管理などを任されている、奉公人の中で一番権力を持っている人のことを言う。そんな人物が浮かない顔をしているとは何事だろうと、私は気になった。

「大宮さんの所の番頭さん。どうしたんですか? 浮かない顔をして」

「ああ、『貸本屋』さん。これはどうも。いえね、ちょっとうちのお嬢さんのことで、気になることがありやして」

「お嬢さんというと、ご病気になられているという?」

「ええ、そうなんですよ」

 と、そこで番頭さんは私の姿を見て、何かに気がついたような表情を浮かべる。

「おや? その亀の旗印。ひょっとしておたく、『相談屋』さんってやつかい?」

「……ええ、まぁ、そういうこともしていたりします」

 否定する気も起きず、私は嫌々頷いた。そんな私とは対照的に、番頭さんは嬉しそうに笑顔を浮かべる。

「ちょいと、お嬢さんの事で相談したい事があるんですよ」

 そう言って番頭さんは、内緒話をするように、口をすぼめた。

「と言いますのも、大宮の旦那は気にしてねぇみたいなんですがね。旦那が呼ぶ医者の治療法っていうのが、どうにも胡散臭くってねぇ」

「……胡散臭い?」

「ええ。と言いますのも、診察するってなると、必ず旦那のご親族以外、部屋の外に出しちまうんですよ」

「それは、普通の事なのでは?」

 私は番頭さんの言葉に、首を傾げた。

「風邪が、他の人に移らないようにしているだけなんじゃないでしょうか?」

「あっしも最初はそう思ったんですが、一ヶ月経つっていうのに、お嬢さん、一向に治る気配がないんですよ。旦那に聞いてみてみると、その医者はお嬢さんの脈を測って薬を調合しているみたいなんですがねぇ。旦那は自分の時はこれで治ったから先生の言う事に間違いないって、他のお医者さんに見せるのも駄目だって言うんですよ。あ、あの医者、ちょうど出てきましたよ。あいつです」

 番頭さんの指差す方には、駕籠に乗って帰ろうとしている手ぶらの人影が見えた。駕籠の中に入る一瞬しか見えなかったが、どことなくそのお医者様は顔色が悪いように、私は思えた。

「全く、この忙しい時期に風邪なんて冗談じゃねぇぜ。とっととお嬢さん治してもらわねぇと、あっしらも安心して仕事が出来やしない」

「え、番頭さん? 番頭さんっ!」

 番頭さんは捨て台詞と私を残し、店の中へと戻っていった。どうやら胸の中に閉まっていた、医者に対する愚痴を全て吐き出し、そこで満足してしまったらしい。

 私はどうしたものかと思いながらも、正式な依頼というわけではなさそうなので、そのまますごすごと店に帰ることにした。

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