第6話 おっぱい先輩

「遅い!」


 諸々の帰り支度を済ませ、なるべく急いで生徒会室に来た。

 というのに、開口一番にそう言われてしまった。


「これ以上早く来るのは無理があります」


「そこを何とかするのが君ではないの?」


「学校の終業時間が4時30分なんですよ。そこからボランティアのために10分で来た俺をむしろ褒めてほしいくらいですよ。ていうか先輩どんだけ早く来てるんですか」


「私は授業が終わってから5分で来てるわ」


 このとんでもなく理不尽な女性がわが校の現生徒会長であり3年の波根琴音はねことねである。

 ・・間違えた。波根琴音『先輩』である。ちなみに、『先輩』を付けなければかなり怒る。


「・・・で、今日は何を手伝えばいいんですか?」


「そこにある書類を準備室に運んでほしいの」


「あの、それくらいなら他の生徒会メンバーでやればいいんじゃないんですか?」


「みんな部活があるのよ。だから実質帰宅部である文芸部の私とゆうく・・優斗くんしかいないのよ。まあ、彼女とのデートは諦めてちょうだい」


「さいですか。それじゃ、やりましょうか。・・・ちなみに俺、彼女とかいませんから」


「そ、そう?・・・まあ、いいわ行きましょう」






「これで全部ですね」


「ええ、そうね。ありがとう」


 元々、大した量ではなかったが二人きりでということもありそこそこ時間がかかった。

 会計の書類や年間行事の詳細といった『これ、俺に運ばせて大丈夫なの?』みたいな重要なものばかり運んでいた。

 それにしても、バイトを始めてから随分と体力がついたようだ。

 中学のときは特に運動部に入っていなかったから最初の方は家に帰るとへとへとで何をするにもやる気が起きなかった。それが1年も経てば十分な体力がつくものだ。

 まあ、仕事に対する慣れもあるが。


「それじゃ、今日は帰りますね。さよな――――」


「ちょっと待って」


 呼び止められたことに驚きを覚えつつ、後ろを振り返ると腕を組み同年代でもかなり大きい方である二つの双丘を惜しげもなく強調しているおっぱい・・・間違えた。せんぱいが立っていた。


「———え、なんですか?」


 すると、いきなり俺の立っているドアめがけて先輩渾身のけり、というより踏みが飛んできて先輩の顔が互いの息がかかる程の距離まで迫ってきた。


「おわっ、いきなり何するんすか!」


「ねえ、一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


 そういうおっぱい先輩は人に頼み事をするような顔ではなく、視線で人を殺さんとするような恐ろしい野獣のような目だった。


「は、はい!ナンデショウ」


「あのね・・・」


 そう前置きすると先輩はまるで大事なことを言うように大きい深呼吸をする。

 吐き出した息は鼻先にかかり少しくすぐったい。


「なんであなたが『あいおね』のサイン付き限定版の抽選に当選したのに、私は落ちたの?絶対にあなたより『あいおね』への愛は大きいはずなのに!ねえ、どうして、どうしてなの?運営はこの中途半端にしか運営に貢いでいないなんちゃってオタクを選んで一生運営についていくと決めた完璧で超優秀なオタクである私を選ばないの?この怒りをどこに向かって発散すればいいの?・・・あ、そうだ!ちょうど目の前に良い感じの可愛い子ブタちゃんがいる!角煮にしようかしらそれともステーキで豪快にいこう・・・」


「ちょっと待ってください。落ち着いてください先輩!」


「ごめんなさい。取り乱してしまったわ」


 今ので多くの方が気付いただろうが彼女は紛れもない正真正銘の自他ともに見た目るオタクである。

 普段は清楚な黒髪ロングも相まった美貌や彼女の人柄で上手く隠しているが、一度オタクトークを始めてしまえば止められなくなってしまうほどのオタクだ。

 ちなみに、『あいおね』とはラノベが原作のアニメの略称である。

 『あいおね』こと『愛が重すぎる文芸部部長のお姉ちゃん』はアニメ化する前はそんなに知名度がなかったものの、声優の演技や作画のよさも相まって一気に知名度を伸ばした作品である。

 彼女はそれを1巻の初版から追い続けていた猛者であり今回の初回限定版にも命を懸けていたのだろう。

 だが、それは俺も同じだ。さっき先輩がお金を落としてないとか言っていたが、グッズを買っていないだけで、ちゃんと1巻の初版から全巻発売日で買っていたし、今回の抽選にも命を懸けていた。譲れない戦いだったのだ。

 ふと顔を上げ時計を見ると既に30分ほどが経っていた。

 そろそろ帰らなければ。


「では、今日はこれで。さようなら」


「ええ、気を付けて」


「先輩こそ、早く帰るんですよ」


 なんとなく日が落ちるのが遅くなったなと思いながら生徒会室のドアをゆっくりと閉めた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る