第5話 学校は学校のままだった
まだ慣れない廊下を歩き、目的地である2年3組の教室に入る。
そこでは、もう既にいくつかのグループができていた。
明らかなリア充グループとオタク系のグループに。
きょろきょろと義妹の姿を探すと、恐らく前者であろうグループに交じり、歓談していた。
少し安心し、席に着く。
慣れた手つきでカバンから文庫本を取り出し、昨日挟んだ栞の続きからページをめくり始めた。
栞の続きから20ページほど進んだところだ。物語はいよいよ佳境。ヒロインが実は不治の病だったことを主人公に打ち明けるシーン。
これまでの物語の作り方が丁寧だったため、感情移入しやすい作品になっている。
本来ならば、主人公がそれを受け入れるお涙頂戴のシーンなので泣けるのだが、ここは学校だ。
家ならば遠慮なく泣いていたが、ここでは泣けない。必死に感情を抑え込み、ページをめくる手を休まず動かす。
ああ、いい作品だ。俺の好みを綺麗に打ち抜いている。
この時間が一生続いてほしい。そう思えるような傑作だ。
「よう、優斗。今日は官能小説か?それともエロラノベか?」
最初は違和感のある二人だったが、次第に主人公のヒロインへの対応の仕方も柔らかいものに変わっていき、お似合いだなと思える2人になっていく様子が本当にいい。語彙力が死んでしまうほどにいいのだ。
「おーい、聞いてんのか?18禁作家さまー」
これは俺の少ない小遣いで買っただけの価値がある。こういう小説が減ってきている昨今にとてもいい買い物をしたと思う。
ああ、もう少しで終わってしまう。名残惜しい。記憶を消してもう一度読みたい。
・・・さて、先ほどから俺の耳にはまだ4月なのにも関わらず、五月の蠅が飛んでいる。
今すぐにでも叩き落としたいところだが、この蠅の身長が178cmもあるせいで170cmの俺ではできそうにない。くそ、もっと牛乳を飲んでおけばよかった。
「・・・さっきからなんだよ。俺は別に18禁作家じゃねえぞ」
「いやいや、あんまり熱中してたからちょっとからかいたくなっちゃって」
「物語の山場で読書を中断される読書家の恐ろしさを思い知らせてやろうか?」
「ひゅー。怖い怖い」
この軽いノリの下ネタ下衆男・
比較的校則が厳しめのこの学校では珍しく毎朝ワックスで髪をセットしており、髪先にかなり遊びが入っている。
その度胸に俺は感心を抱いているほどだ。
「ところで優斗、この前言っていた義理の妹ってどうなったんだ?」
ここで聞かれるとは。まあ、想定していたが。
何度もシュミレーションを繰り返したセリフを表情を取り繕いながら言葉にする。
「ああ、別に大したことないよ。結構年下だったから」
ここで「実は同い年で同じ学校なんだよね」と言ってしまえばこれから兄妹として生きていく上で大事な信頼を失ってしまう。ましてや、無関心を掲げているくらいだ。ばれないように隠すのは当然だろう。
「ふーん・・・それだけか?」
何か言いたげな顔だ。こいつは口も悪いし、頭も悪いが、妙に勘が鋭いのだ。
だがこちとらバレるわけにはいかないんだ。
「ああ、それだけだ。なんもない」
「そっか。ま、いいけどさ」
何が良いんだか・・まあ、今回は見逃してくれたんだ。感謝しよう。
「さー、お前ら席に着けー。新学期最初のホームルームだぞー」
新しく担任になるのであろう先生が教室に入ってきたことで、この話題は打ち切りになった。
「はぁ~、疲れた~」
周也は心底疲れたようなため息混じりの声をだす。
新学期最初の登校日にして通常授業だった1日が終わった。
この学校は特段勉強に力を入れているわけではないが、初日から授業をやる。
「お前、そんなんでテスト勉強大丈夫なのか?」
「だいじょーぶ。俺、やるときはやる男だから」
「そうか。まあ、何でもいいけど、コツコツやれよ。後で後悔しても知らねえぞ」
「優斗ってさ、なんだかんだいって面倒見いいよな。
「うるさい。さあ、帰った帰った」
これ以上こいつと
元々、そんなに嘘が得意な方ではないため、いつバレるか気が気でないからだ。
「じゃあさ、どっか寄ってかねえ?今日バイトないっしょ」
「いや、今日はパスで。生徒会の手伝いあるから」
「ほぉ~。あの先輩に惹かれちまったか~。いいね、いいね青春してるね~」
「は?馬鹿なのか?俺はな、そんな不純な動機で生徒会の手伝いに行ってるんじゃない」
「そうかいそうかい。ま、せいぜい頑張れよ」
この学校の生徒会は会長以外は全員、生徒会長の指名なのだ。俺も今の生徒会長になぜか去年から指名されているのだが、断り続けている。
しかし、ただ断り続けるだけなのも気分が悪いので、たまに手伝いに行っている。
これも周也にお人よしだのなんだの呼ばれている所以の一つである。
「じゃ、行きますか」
誰に聞かせるでもなく一人呟き席を立った。
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