第2話 イベリスの花言葉

「父さん、どうみても同じくらいの年齢なんですがそれは・・」


 目の前にいる明らかに同年代の女子に少し怯えながら父に訊ねる。


「いやあ、すまんすまんあの写真しかなかったもんだから。つい言い忘れてた」


 なんてことをやらかしてくれてんだ。完全に小学生だと思い込んでいた。父は真面目で誠実な人だが、人が良すぎるし、天然なところがある。中学の時の卒業式では午後からなのに、午前中からだと勘違いして10時くらいから体育館に並べられた椅子に一人で座っていたくらいだ。


「そうなのよ~この子、健太さんに写真を送ろうとしても頑なに嫌がるのよね~」


「ちょっと、お母さんそれは言わない約束でしょ」


「あらあらごめんなさいね~」


 今のやり取りでなんとなく思ったがどうやら、親子で仲はいいみたいだ。それに、由美さんも父さんと離婚した相手と違って、優しそうで良かった。もう、あんな思いはしてほしくないからな。

 それよりも、一つすごく気になることがあった。


「あの、失礼ですが彩花さんは今、何歳なんですか?」


「私?16の高校2年だけど・・」


 まじか、タメだったのか。それにしては来ている服や纏っている雰囲気も相まってどことなく大人びて見える。これがオシャレをしてきた者としてこなかった者の差だろうか。


「あれ?もしかして同い年?」


「ああ、俺も16歳の高2だ」


 ってことは、どっちが兄か姉なんだろうか。別にどっちでもいいのだが、一応はっきりさせておきたい。そう思い聞こうとしたら、


「彩花ちゃんと優斗は誕生日がちょうど一か月違いだったよね由美さん」


「ええ、確か優斗君の方が早かったはずよ」


 俺が兄か。だからなんだという話だが。ちなみに、俺の誕生日が11月24日なので(誰得)、彩花さんは12月24日ということになるな。クリスマスイヴが誕生日なのか。


「ふーん。じゃあ、よろしくねお兄ちゃん」


「そういうのはやめて頂けると助かります」


「冗談だよ。お互い対等にいきましょう」


 陽キャのノリについていけねー。どうすれば上手くできるのか分からないから冗談かどうかわからないんだよな。俺自身、陽キャに特別敵対心を持っているわけではないが、テンション感が少し怖かったりする。


「二人とも上手くやれてそうで良かったよ~。安心したわ~」


「そうだね、由美さん」


 年頃の男女が突然きょうだいになるんだから、親としては上手くやれるか心配だったのだろう。温かい物を見るような目で俺たちを見ている。

 5分ほど談笑していると、料理が運ばれてきた。


「ご注文の和風スパゲティと包み焼きハンバーグです」


 その後も料理を口に運びながら、とりとめのない会話を続けるのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 親の二人が会計をしているのを外で待っていると、彩花さんがこちらに話しかけてきた。


「あのさ、一つ聞いてほしいことがあるんだけど」


「なんですか?」


「いい、私たち2人の間には見えない壁があるの。互いにそれを壊すことも透過することもできません。でもお互いの姿は見えるし声も聞こえる。そんな関係でいてほしいんだ。」


 随分と遠回しで面倒な言い回しに一瞬その意味を理解しかねたが、ゆっくりと言葉を反芻すると、なんとなく分かってきた気がする。


「要するに、互いに過干渉はしないってことですか?」


「んー当らずとも遠からずって感じかな」


「つまりそれはどういう・・」


「近すぎず遠すぎずの関係でいきましょうって意味よ。例えば、あなたが今使ってる敬語を禁止にするとかね」


「敬語を禁止か・・分かった気を付ける。あとは何かあるか?」


「それについては随時更新ってことでいいでしょう。物分かりが良くて助かるわ」


 彼女はこう見えて、意外と人のことを気にかけているらしい。敬語を禁止にしたのも普段から過ごしやすくするためだろう。俺はビビッて敬語を使っていたわけではなく、一応初対面だから相手の気に障らないように無理して使っていたのだが、さっきまでの会話でそれに気付いたからかもしれない。


「じゃあ明日からいや、今日からよろしくな」


「ええ、こちらこそよろしくね」


 互いに握手をし、俺と彼女の協定関係が結ばれた。

 それにしても人生初の異性との握手は意外とあっさりしていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「なんで、もっと早く言ってくれなかったかな・・」


 なぜ俺が昨日の今日で悪態をついているのか。その原因は目の前にそびえたつ一軒家にある。もちろん、俺がこの家に元々住んでいたわけではないではないし、由美さんたちの家でもない。

 そう、父さんと由美さんは新しい一軒家をすでに購入していたらしいのだ。それも内緒で。なんでも、俺たちにサプライズをするために内緒にしていたらしい。余計なサプライズだが、二人でわくわくしながら計画をしているのを想像すると、あまり無下にもできない。


 引っ越し先はそれほど前住んでいた家からは遠くなかった。同じ市内で車で10分ほどしか変わらない。ではなぜ引っ越したのか。それは、どちらも小さいアパートに住んでいたからだ。確かに、俺の住んでいたアパートではとてもじゃないが4人暮らしなんてできっこない。引っ越して正解だろう。

 そして、今は絶賛荷運び中である。ちなみに、広さは2階建ての30坪で4LDKである。アパートでしか暮らしたことがなかった俺からすれば滅茶苦茶に広い。

 呆気に取られていると、後ろから彩花さんが俺を嗜める。


「なにぼーっとしてるの?さ、テキパキやるよ」


「お、おう悪かった」


 これは随分と長い戦いになりそうだ。いっちょ本気だして頑張りますか。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「なにその花瓶」


 俺が趣味で育てている花の花瓶を部屋に運ぼうと、階段を登っていると、それを不思議に思ったのか、彩花さんが尋ねてきた。


「なんだ、俺が花を育てているのは意外だったか」


「いや、別にそういうわけではないけど。その花なんていう名前なの?」


「イベリスっていうんだ。今ちょうど開花時期なんだよ」


「驚いた。意外と詳しいのね」


「まさか。この花しか俺は知らないし、興味もないよ」


 イベリスは俺の実の母が好きだった花だ。母のことは特別好きだったわけではないが、小学4年生の時にこの花の種を貰ってからは、毎年育てているのだ。使命感とか義務感とかそんなんじゃないが、日課となってしまったものは中々やめられないのである。


「そうだ。いいことを教えてやろう」


「なに、急に偉そうに」


 自信満々に教えを説こうとすると気持ち悪がられた。まあいい。


「イベリスの英語での花言葉は『無関心』だ。今の俺たちにピッタリだと思わないか?」


「なにを言い出すかと思ったらなかなか良い事言うじゃない。いいね、気に入った」


「お気に召していただけたようで光栄でございます」


「苦しゅうない。なんてね」


「それは時代も国も違うんじゃないか」


「ふふ、そうね」


 彼女の手で口を隠し上品に笑う様は昨日見た大人びた雰囲気とは違い、幼い年相応の笑みだったように思う。彼女に似合うひどく魅力的で可愛らしい笑みが頭に住み着いて離れない。意外にも無関心を装うのは難しいらしい。

 一瞬でも感じてしまった邪な感情を振り払うために再び作業に戻ることにした。






 




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