ヤンキー女神の涙

「ラーフィアちゃんならきっと大丈夫だよ!元気に戻って来てくれると思うよ!」


「……チッ……元気にとかそんなコト言ってるんじゃねーんだよっ」


 フィルフィーは舌打ちをしてから小さく悪態をついてミカンからプイッと目を逸らした。

 俺から目を逸らすなんてコトは今までに無かったから、俺はちょっと、イヤ、かなりビックリした。


 ペリメール様はフィルフィーを優しく見つめてて、神様は黙ったまま俺達のやり取りを見届けてる。


 え?

 俺、なんか間違ってる?

 なんて言えば良かったんだ?

 ラーフィアちゃんをどうにか出来るような状況と立場じゃ無いよね?

 更生施設に入ってるんだし。


 だからと言って俺だって平気なワケじゃない。


 ラーフィアちゃんともう一度会いたいし、話したい。


 でも……

 俺が願う姿に。

 イケメンの姿になっちゃったら。

 きっと、ラーフィアちゃんとは仲良くなれない。

 イヤ!断言できる!

 ラーフィアちゃんがイケメンになった俺を好きになる可能性はゼロであるとっ!


 なんてったってラーフィアちゃんは、男嫌いの百合娘ゆりっこですからねっ!


 でもですね。俺、オトコなんですけど。


 見た目美少女ならオッケーって、それは百合娘ゆりっこと呼んでいいんデスカネっ?


 まあ、俺の前世でもいるにはいたけど。

 彼氏が実は男ので、なんならカレシの方が彼女より可愛い、なんてカップルがね!



「ラフィーはさ……一途過ぎるくらいに一途だ。強い想いを持ってるって、それはオマエもわかってるだろ?」


「それは……うん」


 なんてったって、魔王になっちゃうくらいに信念が強いですからねっ。

 俺のコトも真っ直ぐに『好き』って言ってくれてたし。


「そのラフィーが施設で更生されるってコトは!イイコちゃんになっちまうってコトなんだよっ。

 トゲもササクレもねえ、つるっつるのボクネンジンのナニがおもしれえってんだっ?」


 それはっ!

 トゲとササクレだらけのフィルフィーが言うと説得力が大きいっ!

 大きすぎますよ!


「オンナは!ヤンキーは!トガってなんぼの生き物なんだよっ!」


 フィルフィーの言うコトはわからないでもないけどもっ!

 ラーフィアちゃんはヤンキーじゃ無いですからねっ。


 俺が知ってるラーフィアちゃんはっ。


 アニメが好きで。


 お弁当作るのが上手で。


 一途で、ちょっとワガママで。


 太陽の光に透ける銀色の髪がとってもキレイで。


 表情豊かで。


 笑う声と笑顔がとんでもなくカワイくて。


 俺のおパンツ欲しがるヘンタイさんで。


 手が小さくて、温かくって。


 オーシャンブルーの瞳はいつも真っ直ぐで。


 俺と目が合うだけで真っ赤になって照れちゃうくらいに純情で純粋で。


 俺は。


 そんなラーフィアちゃんの事が……!


 大好きですよ!



「しおらしくておとなしいラフィーなんてラフィーじゃねえ!あたしをう○こ呼ばわりするくらいじゃねえと!

 あたしの知ってるラフィーじゃねえんだよっ!」



 そうか……

 そうだったっ!

 ラーフィアちゃんはっ!


 ちょっとヘンタイじゃなきゃ、ラーフィアちゃんじゃ、ない!


 俺はっ……!



「オマエじゃないオマエを見ても、ラフィーはなんとも思わねえだろうな……」



 寂しそうに言うフィルフィーの言葉に。


 ズキン、と胸が痛んだ。

 ミカンだけど。


 俺の胸の奥が苦しい理由は、わかってる。


 ラーフィアちゃん……


 大魔王サマに落とし穴に落とされて更生施設に送られちゃって。


 ずっと気にはなってた。

 

 もう一度、笑顔が見たい!会いたい!


 って、思ってた。


 男のだった時の記憶が残ったままイケメン勇者になったところで、ラーフィアちゃんが俺を受け入れてくれるとは思えないし、ありえない!

 


「オマエがいなくなったら……ラフィーはきっと悲しむだろうな……しかも二度目だろ?」



 クロジョから突然いなくなって、今度は別の姿になっちゃったら……

 その先は……考えるまでもなかった。


 ラーフィアちゃんとは……もう……



「これ以上……ラフィーに悲しい思いをさせないでくれよ……」


 フィルフィーはそう言って、ミカンをそっと優しく持ち上げた。

 そして。

 ミカンを両手で包み込むようにして、か細い声で。


「……くなよっ」


「……えっ?」


「あたし達を……置いて……行くなよ……っ」


 ぽろぽろっと。


 透明な宝石みたいな涙がフィルフィーの瞳から溢れて、ミカンに降りかかった。


 え?

 泣いてる?


 フィルフィーが?

 あの怖いもの知らずのヤンキー女神がっ?


 涙を……


 なんで?


 なんで泣くのっ?


 今までずっと好き放題やってきたクセにっ。

 俺の願いを無視して男のにしたクセにっ。


 溢れる涙を拭おうともしないでフィルフィーが俺を見つめてる。


 なんでこんなしょーもない俺に。

 なんの取り柄もない俺に。

 イケメン勇者になってハーレム造る事しか考えてないような俺に。


『行くな』


 なんて言うの?


 いつだったか『フィルフィーを泣かす!』って目標を持ったけど。

 こんな場面で泣くなんて思ってもみなかった。


「ラフィーを……あたし達を置いてっ!

 知らん顔してどっか行くなんてっ!

 オマエはそれで平気なのかよっ!?

 なあっ、ヒカリぃっ!」


 ポロポロと涙をこぼしながら、ぎゅっ!とミカンを握りしめるフィルフィー!


 と、その瞬間!


 ぶしゅっ!


 なぬっ!?これはっ!


「……やっべ、ツブしちったっ」


 ちょっ!フィルフィーっ!?


「まあ、いっか!」


 こらっ!ヤンキー女神っ!

 またかっ!最初の転生の時のリプレイかっ!

 バカヂカラで握りしめるからでしょーがっ!


「ふぃふぃふぃっ!フィルフィーさんっ!?おミカンをっ!ヒカリ様を潰しちゃダメダメっ!ですわっ!」


「……チッ、わーったよ。再生リフォームっ」


 フィルフィーがぺちっと指を鳴らすと、俺はしゅわっと一瞬でミカンの姿に戻った。

 なんだミカンの姿に戻せるのかっ。

 とりあえず、ほっ。


「ふむ。地上世界での鍛練の成果が出ておるのう。フィルフィーマートよ」


 と、神様店長。

 

 最初の時は神様にミカンに戻してもらったんだっけ。

 これはアレかな?女神ランクが上がったからかな?


 でも、びっくりしたっ。

 また潰されるなんて思ってもいなかったし、それよりも何よりも。

 フィルフィーが。

 ヤンキー女神が泣くなんて……


 ズキン。と。


 胸が締め付けられるような痛み。

 ミカンなのに。


 これって……やっぱり、アレだよな……

 良心が痛む、ってやつだよな……


 でもね。気になるコトがひとつだけ。


「あの、フィルフィー……なんでミカンなの?」


「ああん!?あたしがミカン好きだからだよっ。なんだよモンクあんのかっ?」


 イヤ、モンクなんて無いけども。

 キレながらミカンが好きって言われてもね。



「で?テメェのなりたい姿とやらを言ってみろや、ヒカリぃ」


 そっと地面に置いてはくれたけど、なんて高圧的な態度なんですかねヤンキー女神っ。

 めちゃめちゃ不機嫌な仏頂面じゃないですかっ。

 さっきの涙はどこへやらっ。


 でも。

 その不機嫌の理由を、俺はわかってる。


 美少女の姿をリセットしてくれって言ったから、じゃなく。

 俺がイケメンの姿を願うから、でもなく。


 みんなのコトを。

 ラーフィアちゃんのコトを。


 今まで一緒に過ごしてきた時間が無かったコトにしようとしてる俺に怒ってるんだ。


 いくら記憶やスキルが残るとは言え、俺が別の姿になっちゃったら。


 フィルフィーも言ったけど。

 それはきっと、もう『俺』じゃなくなっちゃうんじゃないのかな……?


 だから。


 俺の中の答えは……ひとつしかない。


 それを言ったら、フィルフィーはどんな顔をするのかな……?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る