第15話 リリアからの手紙

 夕飯は作り終わった。

 外で空を見ればすでにオレンジ色の空は黒く染まり始めてる。

 しかし、リリアちゃんは一向に帰ってこないし、契約の紋様に反応はない。


 何かが矛盾した状態にある気がする。あたしは顎に手を当てつつ考えてみる。

 まず逃げ出したって可能性はほとんどない。それならこっちにも反応するし、リリアちゃんも耐え続けて動けるなんてことはできないはずだしね。

 次に襲われたり攫われたという可能性はどうだろう。それもない気がする。契約の紋様は生命の危機も伝えてくれるはず。それは契約が親と子に近い物でもあるゆえに避けられない事だったかしら。


「じゃあ、なんで……いや、単純に帰ってきてないだけ? 森だし迷うときもあってもおかしくない。さすがに餓死の危機を伝えるには時間的に早すぎる」


 あたしはひとまず部屋に戻って隷属魔法の魔法書を読み返してみることにする。契約によっては居場所の把握ができないかと考えたからだ。

 ただ、引き出しを開くとそこにそれはなくなっていた。


「ん? 間違えたのかな?」


 他の引き出しや部屋中のしまうことのできそうな場所を探すが見つからない。


「もしかして……」


 鍵もついてないし、部屋の鍵もそういえば特にかけてなかった。

 少し心苦しさはあるけれどリリアちゃんの部屋に入る。家具などはそのままとして机上に魔法書が置いてある。

 散歩に行く前に手渡したものもあるから変なことではないけれど、やはりなくなってた隷属魔法の物も混ざっていた。


「はぁ……やらかした。いや、でもそれでどうなるっていうのよ。少なくともあたしが読んだ範囲じゃ、なにかあの子がいなくなる理由になるなんて――」

 そう思いながら少し眺めていると、一番上にでている魔法書が目につく。

 中身を読んでいってみると、契約の破棄について書かれているが、その下には隷属魔法だけでなく全ての魔法に関わるディスペルと呼ばれる魔法を無効化する魔法の書が重ねて置かれている。


 ディスペルは魔法の練度や強さ、それと難易度などによって方法が変わるけれど、このディスペルは中位魔法程度までは少なくとも効果を阻害できるだろう。

 契約魔法はあの店の魔法陣を作った本人が誰かわからないけど、契約の強さ的には中位にいくかいかないかだ。


「もしかして、これで逃げた……? でも、なんでそんなに逃げるのよ。前にも理由聞いたけど教えてくれなかったし。あたしってそんなに厳しい? それとも、何かそれほどまでに逃げ出して絶対にやりたい目的があるとか。わけわかんない!」


 このディスペルならアイテムを集めて多少の魔法知識があれば実行は可能だ。ただ、あたしの紋様が残っているということは、契約破棄まではできなかったと確定できる。

 つまり、今は効果が一時的に麻痺させられてるのか。


「どうすればいいのかしらね……」


 魔法書を改めて読み直して、こっちから契約の効果を戻す方法でも探せばいいのか。

 ひとまず魔法書と一箇所にまとめていると、一番下に魔法書とは違う紙が置かれていた。


 ***


 アンジュ・シエーラ様

 こんな事を書くつもりはありませんでした。

 ですが、どうしても自分の思ってしまったことを吐き出さないと気持ちが収まりきらずに、このような形ですが書き出したいと思います。

 私は貴族の次女に当たる立場でした。ですが、両親が亡くなってから碌でもない兄が跡を継いで失敗を続けて、気づいたときには私の家は後がない状態でした。

 姉様は両親が生きている間に別の家へ嫁いでいき、その後は関わりがありません。兄が助けを求めようとも、両親の葬儀を終えてからは完全に拒絶状態です。

 そして最後には私を売りにだして、お金を手にして何処かへと消えていったらしいです。

 私はそんな風に振り回されてしまった自分にも、家を捨てた碌でもない兄にも負けないと、せめて家であった屋敷をいつか取り戻してやると思いました。

 ですが自分の意志関係なく、振り回され続けて奴隷にされ、そこで昔の主にひどい仕打ちにあったという方の話を聞いてしまいました。

 なので、最初はシエーラ様に買われた時も、今後どうなるかという部分は不安で仕方なく、ですがそれを表に出しては本当に私が壊れそうで抵抗してしまいました。

 その後は、シエーラ様が知っての通り、私の予想とは反して優しくしていただきました。

 ただ、それをしていただいているうちに、私は自分が思っていた気持ちすらも捨ててしまいそうになってしまって、自分の気持ちがよくわからなくなってしまいました。

 前に逃げ出そうとした時は、ただ自分が自分でなくなるような恐怖に襲われていたからです。

 ですが、やはり私は両親からもらった名前と家を、せめて形だけでも残したいのです。

 これ以上にここにいると、その気持ちすら失って甘えたくなってしまいそうです。本当に申し訳ありません。

 短い間でしたが本当にありがとうございました。もしも、また出会うことがあったら、私のことをどうしてもらっても構いません。

 ただ、今はあなたに甘えないためにもここから再び逃げさせていただきます。

 リリア・アルミシア


 ***


「馬鹿じゃないの……大体、いい家出身なら手紙の書き方くらいもっとちゃんとしなさいよ」


 あの子ずっとこんな事考えてたんだな。全然気が付かなかった。

 でも、あの子1人で生きていけるほど、世界は甘くないんだよ。あたしはそれをよく知っている。

 数百年たってもそれは変わらないはず。

 あたしはその手紙を畳んでポケットにしまい込み、家から飛び出した。

 でも、それならそれであたしにもできることはある。少なくとも今の彼女を1人にはしちゃいけない。それがあたしのわがままだったとしても。

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