第10話「俺、サリタ様の居場所が何となくわかるんだよ。ほら、運命の相手だからね」
マルコスの鎌を避けたところに、ナイフで一突きされた。聖母神の加護があるとはいえ、痛みを感じないわけでも、血が出ないわけでもない。エリアスは「しくじったなぁ」と呟き、窓から帳が降りた空を仰ぎ見る。
自警団西支部で応急処置はしてもらったが、すぐには動けそうにない。聖獣プルケルに乗ってサリタを追おうとしたら、団長からも医師からも止められた。
結局、エリアスは西支部の医務室の寝台に寝かされている。食事も飲み物も移動も控えるよう言われているが、長居はしたくない。
「勇者様、お加減はいかがですか?」
「最悪だよ。サリタ様に会いに行けない」
「お元気そうで何よりです」
自警団団長、西支部長と何人かの団員が集まり、聞き取り調査が始まる。
エリアスは聖獣に乗っていたときに『瘴気の澱』を感知した。街の近くだったので一応向かったところ、マルコスから襲われているサリタを見つけた。サリタを救出したら逆上したマルコスから襲われたので、応戦した。
かいつまんでそう説明すると、西支部長が代表して質問をしてくる。
「『瘴気の澱』はそのときに祓ってくださったのですね?」
「まぁ。難しいことじゃないからね。放置したままだと拡大することもあるし、街までやって来たら大変でしょ」
「花畑には、他に何がありましたか?」
「上空から見た限りだと、二人分の遺体。残念ながら、森のほうまで確認する余裕はなかったよ」
マルコスの家から見つかったのは、行方不明になった女の子たち三人の首と、花やレースで美しく飾られた髪だ。マルコスが黒髪の女の子たちを殺害した、というのが自警団の見立てだ。
「先代聖女様の証言とも一致しますね」
「聴取が終わったら行ってもいい? ようやくサリタ様に会えたんだ。追いかけなきゃ、また逃げられちゃう」
「一応、先代様には街から出ないように伝えてありますが」
「いや、逃げるよ。サリタ様は間違いなく逃げる。まぁ、追いかける楽しみがあるからいいんだけどさ。俺をこんなに振り回すなんて、ほんと、罪な人だよねぇ。そこがたまらなく可愛いんだよね」
エリアスの言葉に、団員たちは苦笑する。逃げられて当然だ、という表情の団員もいる。
「先代様は教会や神殿に居場所を伝えていなかったようです」
「たぶん、聖教会に伝えたら、俺が探しに来ると思ったんじゃないかな。俺、そんな手段でサリタ様を探しているわけじゃないのに」
「では、聖獣を使っているのですか?」
寝台から降りて靴を履きながら、エリアスは「違うよ」と笑う。傷口は痛むが、歩けないものではない。
「俺、サリタ様の居場所が何となくわかるんだよ。ほら、運命の相手だからね」
「……では『偶然先代様を見つけた』という勇者様の証言、あれは嘘ですか?」
「アハハ」と軽く笑い、医務室から出て行こうとするエリアスを、団員たちは慌てて止めようとする。西支部長の口調が厳しくなる。
「勇者様、説明を」
「さすが西支部長。その洞察力に免じて話しておくけど……『瘴気の澱』がサリタ様の近くに発生していることには、何となく気づいていたよ。でも、『何となく』程度の精度の低い情報は調書には書けないでしょ? 削るしかない不確定要素は、言わないほうがお互いのためじゃないかな?」
「お気遣いありがとうございます。それはこちらで判断いたしますので、正直に話していただけると助かるのですが」
「じゃ、次からそうするね。あ、よくわからないことは『聖母神の加護』って書いておいていいよ。大体、正解だから。プルケル、行くよー!」
エリアスの声を聞き、中庭で団員たちから見守られていた聖獣が立ち上がる。ひょいと窓から飛び降りた勇者を、聖獣が拾い上げて去っていく。勇者と聖獣はすぐに豆粒ほどの大きさになる。
刺されていたはずの勇者は、傷口が完治しないままに先代聖女を追って飛んでいった。それを調書に記載するかどうか、団長と西支部長は悩む。すべてを「聖母神の加護」で片付けていいものか、わからない。その場にいた団員たちは、誰ともなしに呟いた。
「先代様には、逃げ切ってもらいたいッスね……」
「俺、ちょっと鳥肌立ったぞ」
とにかく、勇者と関わり合いになると面倒だということだけはわかった団員たちだ。彼らは静かに、先代聖女サリタの無事を祈るのだった。
何となくサリタの居場所がわかる――それは事実だ。エリアスにはサリタの祈りの歌声が聞こえる。遠方だと正確な位置まではわからないが、「たぶん東」「おそらく北」程度の精度で知覚できる。近づけば精度は格段に上がる。
つまり、祈っていないと感知できないため、エリアスは早々にサリタを見失った。
「うーん、眠っちゃったかなぁ」
プルケルの背でエリアスは唸る。出血は止まったが傷口はまだ塞がっていないため、油断は禁物だ。もちろん、まだ痛む。
「プルケル、一旦本部に戻ろう」
聖獣は勇者の声に従い、方角を王都のほうへと定める。エリアスはプルケルの背を撫で、「いい子だね」と笑う。少し、青白い顔で。
「副神官長どのー、副神官長殿はいらっしゃいますかー! いらっしゃいますねー!」
聖教会本部の副神官長室を訪ねたエリアスは、勝手に入室してソファに寝転び寛ぎ始める。一人執務を行なっていた副神官長フィデルは、招かれざる客に辟易としている。
「……何ですか、こんな夜遅くに。相変わらず、非常識極まりない」
「手短に報告するよ。先代聖女サリタ様の、聖なる力の残存を確認」
「何、ですって? 威力は?」
「おそらく、現役時と同等」
エリアスの報告にフィデルの顔つきが険しくなる。それを見て、エリアスは楽しそうに笑う。
「だから言ったじゃん。サリタ様は聖なる力を失っていないって。今の聖女様は――」
「そう、ですか。我々の読み通り、と。では、聖教会が先代聖女様を保護しますか?」
「聖教会として表立って動くのは危険だよ。本部で保護すると、今の聖女様を傀儡にしている奴らからサリタ様を守れなくなる」
フィデルは鼻で笑う。「フラれ続けているのによくそこまで想うことができますね」と呆れたような表情を浮かべて。しかし、エリアスには全く効果がない。
「とにかく、サリタ様に護衛をつけておいて。俺はそれで安心して『瘴気の澱』を祓える。予算が足りないなら、俺の手当金から出してもいいからさ」
「わかりました。では、手配しておきましょう」
「あと、隣の仮眠室貸して。刺されたばっかりで、ちょっとしんどい……眠い……」
「はい? 刺された?」
フィデルの返事を聞かないままに、フラフラとしながら隣の部屋に続く扉を開ける。支度部屋の奥に仮眠室があることを、エリアスは知っている。支度部屋に果実酒があることも知っているが今回は拝借せず、仮眠室の寝台に靴も脱がずに転がる。
そうして、エリアスは深い眠りについた。
入れ替わりでサリタが到着し、エリアスの意に反して、フィデルが聖女宮での仕事を彼女に斡旋したことを、もちろん知ることはない。
エリアスはただ、幸せな夢を見ていた。
ベルトランとサリタの結婚初夜、サリタの寝台に潜り込んで一緒に眠った、それだけの幸せな夢だ。
頬にキスをした程度でサリタの処女性が失われ、神託が降りるとは思えなかった。サリタの歌声が聞こえ続ける理由がわからなかった。サリタの歌声とともに、『瘴気の澱』が浄化されていくことの意味がわからなかった。
エリアスはようやく確信したのだ。サリタの聖なる力は失われていないことを。今の聖女が、誰かの、何らかの思惑によって傀儡にされていることを。
「サリタ、様ぁ……ふふ」
エリアスは夢を見ている。この件を解決したら、きっとサリタが自分に振り向いてくれるだろう、と幸せな夢を見ている。
その幸せな夢が現実になるとは限らないのだが、彼は信じているのだった。
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