ピンチの後の自覚

優燈Side


「こんなこと聞いても、あんまり大きい声は出さないでよ……僕、兄さんを追いかけてきたんだ」


「……は?つまり、どういうこと?釜崎は釜崎のお兄さんを……?何で?」


「今日、兄さんが誰かと待ち合わせするって言って……おかしいなって思って、追いかけることにしたんだ」


あんたねぇ、と稲荷はため息をついて、僕の方を見た。


「別に悪いとか良いとか、私が決めることじゃないと思うけど……あんた、お兄さんのこと好きなの?」


「ん?そりゃ、好きだけど……」


「恋愛的な意味では?どうなのよ」


「恋愛的な意味……?」


恋愛的なってことは、恋人同士になったり、つまりはキ、キスするってことで……


「はぁ!?ちょ、待て待て!何言ってんだ、稲荷!」


「……声が大きい。みんなの迷惑よ。後、あんたのお兄さん、いるんじゃないの?大声だしたらバレるわよ」


しまった。口を塞ぐ。ヤバイ、兄さんにバレたかも。


兄さんの様子を伺うと、バッチリと目があった。相手に何か言って、こっちに近づいてくる。


「ヤバイヤバイ。兄さんこっち来る……!」


「確かにピンチね。仕方がないから、私と会ってたってことにする。ここは私のお母さんのやってる店だし、誤魔化せるとは思うけど」


そうも言っている間、兄さんは僕たちのテーブルについてしまった。


「優燈。お前、どうしてここに……?」


いつも飄々としている兄さんには珍しい、びっくりしたような顔。たまにはそんな顔、してほしいなぁ。


じゃなくて!今は稲荷も協力してくれているし、誤魔化さなければ!


「に、兄さん。実は稲荷と会ってて……」


「お兄さん、初めまして。稲荷 桃(もも)と申します。私は釜崎君とはクラスメイトで、夏休みの宿題のことで会ってました」


さすが稲荷!優等生だからか、言葉使いや言い訳の理由もきちんと考えている。


「釜崎 誠と言います。優燈の兄です。……稲荷さん、優燈とは仲が良いのかな? 」


「あ、いえ。そこまで仲が良いわけでは……ですが、夏休みの宿題にグループで纏める宿題がありまして……そこで、釜崎君と一緒にやることになりました」


「そうだったんだ。優燈はいい子なんだけど、あんまり勉強出来ないから、教えてあげてくれると嬉しいな」


「はい。色々叩き込みます」


チラリと僕を見た、稲荷の目が怖い。叩き込む、ってホントにする気なのか?


「じゃ、じゃあ兄さん。僕は稲荷と一緒に勉強するから、戻って」


「ああ、戻るよ」


兄さんは元の場所に座った。……良かった。兄さんにもしバレていたらと思うと、少し寒気がしてくる。


「良かったわね、誤魔化せて」


「これもそれも、稲荷のおかげだよ。ありがとう」


「どういたしまして。お礼を言われるのは嫌じゃないけど、恋愛的にお兄さんが好きなのかどうか、聞かせてほしいわね」


えぇ……これは困った。稲荷には、さっき手伝ってもらった借りがある。誤魔化して終わる話ではないだろう。


「……考えれないの?じゃあ、想像したら考えられるんじゃない?」


「そ、想像?」


「そう、想像よ。釜崎のお兄さんが、誰かと付き合うことを想像したら?」


付き合うって、そんなこと考えれないし。そう反論しようとしたけど、稲荷が無言で睨んできたから、目を閉じて考えることに。


付き合うって、つまり。兄さんが誰かと手を繋いだり、キスしたり。もしかしたら、イケナイことしてたり……ってこと?


ヤバイ。何か無性に、腹が立ってくる。それと同時に、悲しくもなってくる。何で。兄さんのことは何も思ってない、はずなのに。


「で、どうだった?」


「……ムカムカする」


「それだけ?」


「……後、ちょっと悲しくなる」


「その原因が何か分からない?」


……分からない。僕に分かるはずがない。恋愛だって、一度もしたことないし。兄さんを好きになったこと、だって……


「……気づいたみたいね」


「……僕、兄さんが好き、みたい」


兄として、とか、友情として、とかじゃない。ただ、恋愛対象として、好きだと言うこと。


こんな風に自覚するなんて、思わなかった。兄さんは兄としての憧れで、それ以上でもそれ以下でもないと思ってたのに。


「良かったわね~、自覚出来て」


稲荷、なんだか喜んでないか?少し煽るような言い方に腹が立ったが、気づくことが出来たのは稲荷のおかげでもあるため、文句は言えない。


「でも、自覚出来たからって、全てが丸く収まるの?」


「全く収まらないけど。釜崎のお兄さんの会ってる相手、誰だか知ってる?」


「え、知らない。あ、そっちからは見えるのか」


「そういうこと」


稲荷はからかうような、だけどなんだか申し訳なさそうな笑みを浮かべる。どうしたんだろう。嫌な予感がする。こういうときの僕の勘は、残念ながらほとんど当たる。


「お兄さんの相手ね……女の人なのよ。詳しく言うと、私の姉」


「……は?」


「そういえば、昨日嬉しそうに「釜崎君と待ち合わせするんだ~」とか言ってたんだよね、姉さん。同じ名字だったけど、気のせいだと思ったんだけどねぇ……」


「ってことは、稲荷のお姉さんは……?」


「釜崎の恋のライバル、ってことになるね」

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