第5話 私の彼氏はとっても変な人

【あらら。ばれちゃったか。二人とも、鋭いね】


 ふと、そんなメッセージが送られて来た。

 今は、二人のやり取りを見守りつつ、こたつでぬくぬくとしている私達だ。

 背が小さめな私は、平均的な身長の彼の肩にすっぽり収まるサイズ。

 だから、こうして膝の上に居るのが大のお気に入りだ。


 私は、茅葺愛かやぶきあい

 今、私を後ろから抱きしめている新太しんた先輩の彼女だ。

 付き合って、もう三年になる。


新太しんた先輩……」


 私達の関係をもう暴露したも同然のメッセージに非難の視線を向ける。

 新太先輩のメッセージが投稿されたのは、グループのライン。

 だから、私の方にも、メッセージは筒抜けだ。


「もう、明かしてもいい頃だと思うんだけど?」

「それはそうですけど」


 元々は、私が恥ずかしいから、二人には秘密で、と言ったことだった。

 ただ、大した理由があったわけじゃない。


「でも、本当、予想以上に上手く行ったみたいだ」


 スマホ越しに聞こえてくる二人の会話を見て、ニヤニヤしてる新太先輩。


「新太先輩。カメラまで仕掛けるとか、彼女としてドン引きですよ」


 楽しんでしまっている私も人の事は言えないか。


「愛も僕が昔から、こうなのはわかってるでしょ?」

「えーえー、新太先輩は、昔からほんと、変なことが好きでしたよね」


 4人で遊んだ日々を思い出す。皆を引っ張ったのは、人志先輩。

 そして、なにかやらかすのがこの新太先輩だった。


「こんな変な彼氏で愛想尽かした?」


 答えなんてわかっているだろうに。


「そんな事は承知で付き合ってますから。今更ですよ」


 こんな事で愛想尽かすなら、付き合ってない。


「それに、先輩の、とっても純情な一面を、私は知ってますから」

「さすがに二人には伏せといてね」

「なんだか、弱みを握ってる気分です」


 ちょっとした優越感という奴だ。


 私が新太先輩と付き合い出したのは、私が高校を卒業した日のこと。

 ふと、あの日のことを思い出す。


◆◆◆◆


「もう、この高校ともお別れなんやな……」


 卒業式が終わった後、誰も居ない校舎裏で、私は一人つぶやいていた。

 もう、慕っていた先輩たちは去ってしまったけど。

 それでも、少し感傷的な気分に浸りたかったのだ。


「新太先輩、今、どうしてるんやろ……」


 想いを寄せる先輩の名前をつぶやく。

 今日は、先輩たちが卒業パーティーをしてくれる事になっている。

 東京の大学に行った新太先輩も帰ってくる。

 嬉しいような気もするし、寂しいような気もする。

 だって、彼は数日経てば東京に戻ってしまうのだ。


「告白、した、方がええんやろか……」


 振られるのは怖くなかった。なんせ、新太先輩だ。

 たとえ、NOでも距離を置いたりしないだろう。

 新太先輩には、不思議と、そういう安心感があった。


 だから、心配しているのは、むしろYESだったとき。

 仮にOKしてもらえても、当面は遠距離恋愛だ。

 果たして続くのだろうか、と考えても仕方がない事を考える。


「何、たそがれてるの?愛?」


 今想っていた、でも、居るはずがない声を聞いて、ビクっとなる。

 見上げると、壁の上に新太先輩が居た。いつもながら、読めない人だ。


「なんで、壁の上に立ってるんですか?」

「卒業生が門から入ってもまずいでしょ?だから」


 全く、理由になってない。この人はこれだから……。


「とにかく、降りて来てくださいよ。話があったんでしょう?」


 新太先輩は変人だけど、理由なく何かをする人間ではない。

 どうやって位置を探ったのか不明だけど。


「そうそう。愛の事だから、この辺りにいるかなーて思ったんだけど」


 言いながら、ジャンプして壁から降りてくる。


「この辺りにって……エスパーですか。新太先輩は」

「なんかあるたびに、ここで黄昏れてたでしょ?」

「そ、それはそうですね」


 落ち込んだ時や、感傷的な時。一人になりたい時。

 私は、高校の校舎裏にある、この大きな木の下で物思いにふけっていたのだった。

 そして、これまた、この場所が好きな新太先輩とよく二人で語ったものだ。

 だから、私にとっての思い出の場所でもある。


「で、話なんだけどさ。愛、ずっと好きだった。付き合って欲しい」


 え?と一瞬、彼が言った言葉が信じられなかった。


「えっと……何を言えばいいのか、いま、頭が真っ白になってます」


 嬉しいよりも先に混乱が来る。雰囲気もムードもあったものじゃない。


「ごめん。さすがに唐突だったかも」


 少しだけ、なんだか照れくさそうに、頬をかく先輩。

 自覚していて、治す気がないんだから、困りものだ。


「唐突なのは昔からですから、いいですよ。少しだけ考えさせてください」

「うん。こっちが唐突だったからね。待つよ」


 優しいんだか何だかわからない返事だけど、不思議と安心感があった。


「まずですね……私もずっと好きでした。新太先輩」


 最初に、想いを告げておこうと思った。


「そっか。それは良かった。断られたらどうしようかと」

「どっちかというと、それは私の台詞ですよ」


 新太先輩は、いつも私に優しかった。

 でも、それは私だけに対してじゃないように見えた。

 何より、先輩の恋愛観念というのが不明なのだ。


「でもですね。新太先輩は、明後日には、もう東京に戻っちゃいますよね?」


 結局、考えてしまうのはその事。


「つまり、遠距離になるのが怖いっていうこと?」

「そういうことです。自信持てませんよ、私は」


 いや、きっと、新太先輩の方は問題ないんだろう。

 私が私自身を信用出来ないだけ。


「距離の問題か……僕も、その事はさんざん考えたよ」


 え?割と意外な回答だ。


「新太先輩の事だから、「なんとかなるさ」思考だと思ったんですけど」

「君は僕の事を一体、どういう人間だと思ってるのかなあ」


 ふう、とため息をつく先輩。少し、落ち込んでいるようにも見える。


「えっと……ひょっとして、傷ついて、ます?」


 それは、とてもとても、意外なことだったけど。

 もし、そうだとしたら、私は、先輩の事を色々誤解していたことになる。


「少しはね。僕だって、初恋相手の事は色々考えるよ」


 相変わらず照れくさそうな新太先輩。

 え?なに、これ?新太先輩って、実は純情キャラだったの?

 ギャップ萌えという奴だろうか。


「初恋って。いつの頃からですか?気になるんですけど」


 胸の中が何やらとてもときめいてしまっている。


「君が小5の春頃。といえば、わかる?」


 その言葉に、一つの情景が思い浮かぶ。


「私が虐められてた、あの時ですね」


 今でも、身長が人より低めな事を気にしている私。

 でも、当時は輪をかけて身長が低かった。

 そんな事をやたらからかって来た男子が数名。

 まだ、気が弱かった私は、新太先輩に泣きついたのを覚えている。

 ひどい虐めではなかったから、先輩のおかげですぐに解決したのだけど。


「そうそう。お礼の言葉の時の笑顔が忘れられなくてさ」

「新太先輩に助けてもらったの、あれが初めてじゃなかった気がしますけど?」


 そもそも、前にも助けてもらっていたからこそ、彼に泣きついたのだ。


「愛にとってはそうかもね。でも、僕にとっては何か違ったみたい」

「みたいって。自分の事なのにわからないんですか?」

「恋ってそういうものじゃないかな」

「新太先輩が恋を語っている……」


 色々、意外過ぎる側面だ。


「だから、君は僕の事をなんだと……」


 先輩が頭を抱えだした。


「ご、ごめんなさい。ちょっと、ギャップ萌えというか、色々……」


 さっきまで、遠距離恋愛のことを考えていたはずなのに。

 こんな側面を見せつけられて、楽しくなってしまっている。

 でも、新太先輩も、結局、単なる男の子なんだよね。


「僕も、こういうのを言ったのは愛が初めてだから」

「梢先輩や、人志先輩にも?」

「お前、キャラ違うやろ、って言われそうでしょ。だから」


 そっか。ずっと一緒でも、案外そんな事もわからないのかもしれない。

 でも、それなら腹は決まった。


「わかりました。お付き合いしましょう!新太先輩!」

「何が「わかりました」なのか不明だけど。いいの?」


 そう尋ねる表情はどこか不安そうだった。


「いいんです。さっきまで、悩んでたのが、全部馬鹿らしく思えて来ました」


 こんな人と相手なら、きっと遠距離でもやっていける。


「そっか、じゃあ、改めてよろしく。愛」

「はい。新太先輩!」


 こうして、私は、先輩と付き合うことになったのだった。

 とはいえ、急なことには違いないので、その日は、関係を隠すことになった。

 卒業おめでとうパーティーでは、大層挙動不審になったものだ。

 それを楽しんでいた先輩には、蹴りの一つもいれたくなったけど。


◇◇◇◇


「弱みってね……でも、愛には今更か」

「そうですよ。本当に、今更です」

「ありがと、愛」


 そう言って、頭を優しく撫でられる。

 こういうふとしたところで優しくされるのに私は弱い。


「でも、やっぱり、先輩は変な人ですけどね」

「それは、皆わかってるでしょ」

「それでもです。受験の時とか、皆びっくりしましたし」


 そもそも、最初、新太先輩は大阪の大学を受験する予定だった。

 でも、「東京の大学でやりたいことが出来たから」の一言で志望校を変更。

 受験3ヶ月前のことだ。偏差値も違うし、理転でもある。

 私達を含めた周囲は大層驚いたけど、「ま、新太のことやし」

 という言葉が全てを表していた。


「だって、急に物理が面白く思えて来たんだから、仕方ない」

「それで理転して、受かっちゃうのが、やっぱり凄いですけどね」

「でも、おかげで、愛とは遠距離になっちゃったわけだし。少しだけ後悔してる」

「志望校変える時、考えなかったんですか?」

「少しは。でも、あの時は、単に必死だったかな」


 三年間付き合ってきて、先輩の事をもっと深く知る事が出来た。

 でも、未だに、そんな突拍子もないところは理解出来ていない。


「未だに、そういうところわからないんですよね。でも、好きです、先輩」

「僕も好きだよ、愛」


 そんな言葉を交わして、チュッと軽くキスを交わす私達。

 初めての時は緊張したものだけど、今は普通に出来てしまう。


「そういえば。梢先輩たち、どうなってますかね」


 ふと、二人の進捗度合いが気になった。


「その出歯亀根性。愛も人の事は言えないと思うよ」

「いいんです。それに、先輩に影響されたせいですから、きっと」

「僕のせいにされるの、微妙なんだけど。まあいいか」


 そんな会話を交わしながら、カメラから見える様子を眺める私達。

 

「あ!もう、キスしそうになってますよ!先輩、先輩!」


 他人の恋路は楽しいと言うけど、本当に面白い。


「僕以上に君が興奮してどうするの……」

「だって、もう、もう……」


 と、早くキスシーンが来ないかなと思っていたところ。


『あれ?なんか、天井に妙なものがあらへん?』


 あ、まずい。梢先輩が気づいてしまった。


『なんや、監視カメラぽく見えるんやけど。まさか……』


 そして、人志先輩も不審がっている。


「部屋に戻ったら、平謝りだね、うん」

「私も一緒に謝りますよ」


 いちゃいちゃの時間は終わり。


「でも、二人が無事、くっついてくれて良かったよ」


 先輩の家への夜道を歩きながらの私達。


「ずーっと、気にしてましたもんね」


 そんな、妙にお節介なところは、昔からだけど。


「梢の方は大学院に進学だからね。やっぱり気になるよ」

「時間合わないと、本当に苦労しますよね」


 三年間の遠距離恋愛の日々を思い出す。

 新太先輩も、その苦労を知っているが故に、今回の話を思いついたのだ。


「ま、めでたし、めでたし、ってことで」

「それでうまくまとめたつもりですか?」


 そう賑やかに話しながら、私達は夜道を歩いたのだった。


 人志先輩と梢先輩には怒られるんだろうな、と。

 そんな事も楽しく思えてしまう私達は、だから、幼馴染なのだろう。



☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

幼馴染4人の物語はこれにて完結です。

構成的には、主人公と後輩幼馴染がヒロイン。

そして、あとの二人がサブカップルというところでしょうか。

趣味が悪いことをした主人公たちですが、その後どうなったかは、ご想像におまかせします。


ちょっと、いつもと同じような、少し違う感じのお話ですが、

「楽しかった」「掛け合いが面白かった」「しんみりした」などあればお、応援コメントをお待ちしています。

あと、★レビューもしていただけると、作者のモチベが上がります!


よろしくお願いします。

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久しぶりの帰郷と、旧友との再会と 久野真一 @kuno1234

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