第11話 1億総死刑執行人化計画
「では、どうすれば今後も死刑制度を維持できるのか? そこを考えてみようか」
「おや? ここまで聞いていて、先輩は死刑廃止論者なのかと」
「確かに、僕は死刑廃止論に傾いてはいる。だけどね、この国では社会正義の為に死刑が必要だ、と考える人も多い。その意見を尊重するなら、死刑制度維持の為に、僕のような廃止論側の立場の者が考えてみる意見も、参考にならないかい?」
「随分とひねくれた意見になりそうだけど」
ニヤニヤ笑いを隠さない僕先輩を見て、少し違和感を感じる。この僕先輩が、死刑の廃止論に傾いている、というのが俺の知ってる僕先輩とそぐわない。
人を殺すよりも生かす方がいい、という博愛主義者じみたことを言うのが、僕先輩だったか? べつに人なんて死んでいてもいいし、生きていてもいい。できれば変わった体験をした人物には、死ぬ前に語って欲しいとは言いそうだが。
しかし、どうやって死刑制度を残そうかと、楽しそうに考えている僕先輩は、可愛い。こういうことに思考を巡らせているときが、生き生きとしている。
対象がちょっと違うだけだ。選ぶのがファンシーなお店のぬいぐるみを、どれが可愛いと選ぶのか、それと、死刑に首吊りと電気椅子と薬殺、どれがいいかと選ぶのか。趣味がほんの少し違うだけ。
ニヤニヤ笑いの僕先輩が口を開く。
「死刑制度維持にも利点はある。一番大きいのは、この国の国民が死刑がある方が安心して納得するというもの。だからこそ今も死刑制度がある」
「それが無ければ外圧に押されて無くなっているか」
「世界的に死刑制度が少なくなっていく中では、少ないというのも希少価値になる。世界でも珍しい死刑のある国となってしまえば、名物にもなる。死刑を日本の文化のひとつとして、死刑場を観光地にする、というのもアリだ。くふふ、物好きな海外からの観光客に人気が出るかもね?」
「悪趣味なツアーもあったもんだ」
「死刑制度が日本に必要だと言うなら、隠さずに堂々と見せればいいのに。コソコソと隠すのは何か後ろめたいことでもあるのかな? もうひとつ、世界で死刑廃止国が増えたなら、死刑制度がある国は利点もできる。
更正の余地の無い外国の重犯罪者を、日本に輸入して代わりに死刑にするとかね。死刑制度が社会正義を守るために必要なら、世界平和の為に日本が世界に貢献できるよ」
「なんだか、国外の放射線廃棄物を引き取って金を稼ごうってのに似てるような」
「似たようなものだね。いずれにしても、死刑とは人類に必要である、という信念を持った国民性があることで成り立つ。その信念があるなら隠さずに公開すればいいのにね。ともあれ、死刑制度があった方がいい、という意見は僕も理解できる。では、今後の死刑制度の維持についてだ。人口減少から死刑制度もその予算と人材の確保が難しくなってくる」
「その為には、増税かそれとも制度の廃止か」
「維持しようという話なのだから、廃止は考えない方向で行こう。増税以外の手段となると、寄付を募る。クラウドファウンディングなんてどうだい?」
「死刑制度の維持にご協力下さい、と募金を集めるのか?」
「暗い羽募金、というのはどうかな? 一定額集まる度に一人の死刑ができる。社会正義の為に死刑が必要と主張する人は、きっと募金をしてくれるだろう。寄付が集まらなければ、そのときに死刑制度を維持するか廃止するか、議題に上げてみればいい」
「それだと死刑廃止論者の懐は痛まない、か」
「今後、制度の維持を増税で補うには限度があると思うのだよ。制度の維持の為に貧困化すると、もっと税金も物価も安いところへ移住しようとなる。今も日本国内の人口は減少しているけれど、フィリピンやタイに住む日本人の人口は増えているからね。
次は人材だ。刑務官の問題も解消するために、死刑執行人はボランティアを募るとしよう」
「ボランティアで死刑とは、斬新な試みだ。それがあの『死刑執行のお願い』の手紙になるのか?」
「その通り。なに、オリンピックと同じだよ。国家の事業に人手が足りないとなれば、ボランティアに頼ろうというものさ」
「ボランティアで人を殺せ、と言われて、はいやります、とできる人もいないと思うけれど」
「誰かがやらないと制度の維持はできないよ。なので、ボランティアがダメなら強制としようか。死刑制度が社会正義の為に必要、となれば死刑維持に賛成意見の人は、死刑執行を手伝ってくれるんじゃないかな? そして義務を果たして福祉を得る為には、死刑執行という義務もやってくれないとね」
「それでもし、死刑執行人を拒んだら?」
「赤紙拒否の兵役逃れは脱走兵扱いだよ? 禁固か罰金か」
「いきなり軍事国家になった」
「現代で言うなら、裁判員の場合も基本的に拒否はできない。正当な理由なく欠席した場合は、10万円以下の過料を科す規定がある」
「いきなり呼びつけられて、イヤだと言ったら10万円か」
「もっとも裁判員の場合、やりたくないと辞退者も多く、無断欠席も増加している。そしてこの過料が適用されたことはこれまでに無い。法律に書かれていても過料を払った人は一人もいないのさ。これも法外の法だよ、くふふ」
「それなら死刑執行やろうって人もまずいないから、皆、無断欠席するだろうよ」
「それならそれで、死刑執行人が決まらないから、いつまでも死刑が執行できなくなる、というだけさ。ふむ、日本の裁判員は量刑にも意見し、裁判員が死刑を求刑したりもする。ならばこの裁判員に死刑執行をしてもらうというのはどうだろう? 社会正義の為に死刑を求刑した人達なら、きっとその責任感から死刑の執行までやってくれるんじゃないかな?」
「そこは自分が手を下さずに、他人任せにできるから言えるとこなんじゃ?」
「いやいや、まさかまさか、死刑を求刑しておいて、だけど自分は手を汚したくない。だから誰かやってくれ、なんて、くふふ、随分と無責任な言い草じゃないかい?」
「そうすると誰も凶悪事件の裁判員なんて、やりたがらないだろ」
「ここに、人が人に人を殺せ、と言う問題があるのだけどね。まあ現場の苦悩を知らないからこそ好き勝手言える、というのもある。
だからこそ、死刑制度が社会に必要だというなら、一般市民が現場に関わり、体感し、考える機会を作るべきじゃないかい? その手で直接、死刑囚に目隠しをし、その手で死刑囚の首に縄をかけ、これが自分達が暮らす社会に必要な制度だと、自らやってみてはどうかな? くふふ、そうしてこそ死刑が犯罪の抑止に効果が出るんじゃないかな?」
国民総死刑執行人化計画、か? 精神を病んだり発狂したり自殺したりする人が増えそうだ。誰もが社会の治安の維持の為に、人を殺すことを容認する社会。いや、人を殺す犯罪を許さない為に人を殺す、か。なかなかに皮肉が効いている。
「人手が集まらないなら、強制ボランティアしか無いだろうね」
「ボランティアが強制って矛盾してるような」
「では言い方を変えようか? 和製ボランティアと。これで死刑執行制度は、予算はクラウドファンディングで集め、人手は社会の一員としての義務と責任から無給でやってもらう。いや、せめて交通費とお弁当代くらいは出してもらおうか」
「死刑執行の前か後か知らないけれど、そこでパクパク弁当食える奴は凄いかもしれない」
「どうだい? 後輩君。これなら死刑制度を維持できそうだろう」
「解って言ってるだろう? 先輩。それじゃ金も人手も集まらなくなって、死刑廃止になっていくんじゃないか? そして死刑を必要としてる人が多ければ、そんな手段は選ばない。現状維持の為に増税だろ」
「まぁ、それが現実的、なのかな? 非人道的な手法を選べるならなんとでもなるのだけどね。死刑囚を新薬の実験台にする、臓器提供のドナーにする、などなど。だけど、こういうことをすると非人道的国家と他所から更に叩かれることになるからね。ただ、日本が死刑制度を維持するのは他に目的があるんじゃないか、とも思うのだよ」
「死刑制度を何かに利用しようって? 国家の殺人手段を使うのは、戦争とか?」
「少子高齢化も非人道的な手段を使えば解決可能なんだよ。高齢者の安楽死を増やせばいい。年齢層ピラミッドの形を変えることで、年金問題も解決だ。国家の殺人の幅を広げて高齢者を次々と死なせてしまえば、人口は減るけれど社会問題がいくつか解決するよ」
「酷いなそれ。老害罪で死刑って?」
「犯罪で死刑というのは無理だろうね。だけど、そこで国家の殺人手段が皆無の状況と、死刑という手段のひとつが残ってるのは、けっこう違うんじゃないかな?」
「流石にそれは無いだろう」
「そうだね。今すぐにそんなことをするのは無理だろうね。だけど少産化は変わらず、高齢者が増えていく中で、今の世の中、嫌老意識は高まりつつある。この先はどうなるかな? この国は姥捨て山があった国なんだよ?」
「新しいタイプのデスゲームが始まるのかもな」
「年金受給者を賞金首にして、誰にでもマイペースにできる、副業が始まったらどうなるのかな? くふふ、案外、引きこもりの問題が解決してしまったりしてね。新しいビジネスとして活気づいたりね」
この社会が大きなイス取りゲームなら、いつまでもそのイスに座る奴を処刑しろ、ともなるのだろうか? もっとも賞金首制度のある時代に戻るには、半端に法治国家だと無理なんだろうが。
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