第9話 死刑執行の手当ては2万円?


「では死刑執行人という職業を日本に復活させた場合のことを考えてみようか」


 僕先輩はウキウキとして話す。死刑執行人を調べて何か面白いエピソードでもあったのか?


「刑務官の死刑執行の特別手当は、約二万円と言われている。ということで死刑執行人が仕事をして、得られる日給とは約二万円としよう」


「人を殺して二万円、か。高いのか安いのか」


「しかし毎日死刑があるわけじゃ無い。あったとしたら恐ろしい恐怖政治だ。それに一年間での死刑の回数となると年度ごとにかなりバラつきがある。日本では2018年には15人で、2011年にはゼロだ。一番死刑の多い年で15回。これで1回につき二万円となると、最も死刑の多い年でもたったの15回で年収は30万円ということになるかな?」


「15人殺して年収30万、とは厳しいような。それじゃ死刑執行人だけじゃ暮らしていけそうにない」


「なので、死刑執行人という職業をするには、副業ということになるだろうね。世界の歴史を見れば死刑執行人は副業としてのものが多い。死刑執行人だけを本業として稼いでいくのは難しい。かつてのノルウェーでは、死刑執行人は公務員だが、給料は公務員の中で最低だったという。毎日死刑があるような国なら、日給計算だと高くなるのかな? それならなんとかなるのかもしれないね」


「毎日死刑がある日常というのが、イヤ過ぎる。なんだその国は?」


「もちろんそんな国は無い。国民がいなくなってしまう。世界の中で死刑執行人が独特なのはサウジアラビアぐらいだ。あそこは世襲制で先祖代々死刑執行人を受け継いでいる。サウジアラビアでは死刑執行人は神聖な職業らしいよ」


「サウジアラビアというと、イスラーム教?」


「そうなるね。サウジアラビアでは死刑執行人は報酬も高く、処刑人の仕事だけで豊かな暮らしが出来るそうだ。これはイスラーム教が背景にあるわけだけど、このサウジアラビアの死刑執行は日本も参考にするといいんじゃないかな?」


「死刑執行人の職業で、公務員として暮らしていけるように?」


「それもあるけれど、サウジアラビアで死刑執行人には独自の権限があるんだ。それが敬われる理由になる。基本的に公開処刑になるサウジアラビアの死刑では、被害者遺族が見てる前で処刑をする。このとき死刑執行人が被害者遺族に、罪人を許すかどうか問いかける。これで被害者が罪人を許すと言えば、公開処刑は中止されて罪人は減刑される」


「ということは、サウジアラビアの死刑執行人は裁判官みたいに量刑を決められるってことか?」


「そういうこと。裁判官に似た独自の権限で、その場で減刑の判断をして実行できる。処刑寸前のギリギリで罪人を許すか許さないか、被害者の遺族に問いかけて、処刑を止めることもできる。この独自の減刑特権が死刑執行人を神聖な職業と見る所以だろうね。日本でもやってみればいいのに。死刑執行に被害者遺族を立ち会わせて、被害者の遺族の前で、死刑執行直前に処刑するかしないか、問いかけながら最後の死刑判決を行うというのを。被害者遺族の感情を鑑みるに、これ以上のやり方は無いだろう」


「日本の場合、死刑は被害者の遺族にも公開されないんだろ?」


「そうだね。それにサウジアラビアが世界では珍しいのであって、他の国を見れば死刑執行人とは卑賤な職業だ。非差別階級にやらせる忌まわしき職業なんだ。日本でも歴史を見れば死刑をするのは身分の低い非人が行ってきたものだし、死刑執行人とは人殺しとして忌まれる存在となる。

 こうなると現代の日本に死刑執行人を甦らせるのは難しい。死刑執行人を副業とするなら他に本業が必要になる」


「年収30万で死刑の無い年には収入ゼロ円になってしまうとなると、他で稼がないといけないか」


「では、副業で死刑執行人をする者が他にどんな仕事に就けるのか? 職場の同僚が副業で死刑執行人をしている、としてそれを聞いて、へーそうなんだ、と流して付き合える人が日本にどれだけいるのかな? 例えば、この学校の教師が副業で死刑執行人をしていたら、学生の親はなんて言うのだろうね?」


「職業に貴賤は無い、とか建前はあっても、文句を言う人達が出て来そうだ」


「死刑執行人は人殺しとして忌み嫌われるものだよ。穢れを祓うアニミズムの、排除の構造のある日本。人殺しを副業にしています、と周囲に知られたら、碌な事にはならないだろうね。もともとが非差別階級のする仕事が死刑執行人。

 かつてのフランスでは制度上、死刑執行の全ての記録が公開されている。プライバシーの観念が薄かった時代には、家系図から履歴書まで全てマスコミに晒されたこともあった。これで、死刑執行人の家族や親族が自殺した事例も多い。今の日本でも、死刑執行人として世に知られたなら、当時のフランスと同じようになるんじゃないかな?」


「世間に公表できない仕事というわけだ」


「ところが公務員となると完全に秘密にすることも難しいだろうね。なので僕は裁判官が兼任するのはどうか、と考えるわけだ」


「死刑の判決を出した人物が手を下すのは、理に叶っているのか? でも裁判官だけだと人手が足りないのか?」


「そうなると裁判所の職員にやってもらうことになるのかな? しかし、誰がやるにしても、死刑執行という精神的な重圧という問題を再考しなければならないのは同じこと。死刑執行人の中には、自分が処刑した死刑囚の亡霊に悩まされて狂った人、カミソリで自分の首を切って自殺した人などがいる。どんな仕事でもストレスはあるだろうけれどね、人を殺すというストレスというのは格別だろう。特に平和な時代、『人を殺してはならない』と教えられて育ったら尚更だ」


「どうかな、悪人は殺してもいい、という奴もいるんじゃないか?」


「悪は殺してもいい、金をもらえるなら殺してもいい、社会正義の為なら殺してもいい、ムカついたから殺してもいい、イカれてるから殺してもいい、顔が気にくわないから殺してもいい、目があったから殺してもいい、肩がぶつかったから殺してもいい。つける理由なんてなんでもいいけどね、それで人を殺せるなら、そいつは殺人を忌避するというリミッターが外れた人間ということだろう。そういう人物こそ社会にとって危険であり、死刑になるべきなんじゃないかい?」


「仕方が無い状況のときは? 命の危機で、正当防衛とか」


「仕方が無い状況と言ってしまっているのだけどね。だけどもともと、世界というのは己を殺そうとする者と如何に共存するか? それを試されているようなものだろう? 合気道の極意とは、己を殺そうとする者と友達になることだと言うよ。くふふ」


「自分を殺そうとする奴と友達に? なかなかにぶっ飛んだ哲学のような」


「自然とは本来そういうものかもね。地震も津波も嵐も人を殺せる。その世界で人はどうやって生きていくのか、試され続けているのだから。さて、誰が死刑執行を行うかというのは、カントの『人倫の形而上学』の『人を殺したのであれば、死ななくてはならない』これを少し考察してみるべきかな?」


「それだと、処刑を行った死刑執行人も、死ななくてはいけないことにならないか?」


「事実、歴史を見れば何度もそうなっている。死刑執行人もその家族も、気を病んで自殺している事が多いじゃないか。なので、僕は経験者の言葉というものに、もっと耳を傾けるべきだと思うね」


「教験者って? 死刑執行人の?」


「アルバート・ピエールポイント。1956年に引退するまでの15年間で、イギリスで400人以上を死刑執行をした男だ。かれが自伝に残している。


『私は、死刑ではなんの解決にもならないという結論に達した。死刑は、復讐してやりたいという根源的な欲望の古くさい遺物に過ぎず、復讐を実行する責任を簡単に他人に負わせてしまう。

 死刑につきまとう問題は、誰に対しても死刑を望む人はいないが、みんな死刑を執行しなければならない人間とは違うということだ』


 数多くの処刑をこなした人物が、400人以上殺して、やっと死刑では何の解決にもならないと悟ったわけだ。やはり人間、やらかしてこそ、そこから学べるものがある。彼の言葉は大事にするべきじゃないかな?」


「死刑制度の問題点が簡単にまとめられてしまった」


「正確には死刑制度を実行する現場の人の問題点かな? 同じ結論を実感するには、また400人ほど処刑しないといけないのかもね。くふふ。くわえてフランス革命期の死刑執行人。ルイ16世やマリー・アントワネットをギロチンで処刑したシャルル=アンリ・サンソン。彼は死刑執行人でありながら、何度も死刑廃止を訴えていたことも、付け加えておこう」


 人の命の重みが分かるのは、その手で人の命を奪ったことのある奴だけなのかもな。よほど想像力が無ければ浅い同情がやっとで、たいていの人は自分が人を殺すことを、深く考えたりはしないものだろうよ。

 死刑執行人をやりたい、なんて言う奴は人殺しがしたいという問題児で、社会正義の為に責任感から死刑執行人をしていた者が、人を救いたいという願いを持つ、人を殺したくない人物というのが、なんとも皮肉だ。


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