第8話 死刑制度を維持するために?


「話が少し逸れてしまったね。死刑制度に話を戻そうか。日本では死刑制度の維持に賛成する人が多い。ただ、維持するならば二つばかりどうにかした方がいい問題がある」


「二つだけ? 他にもいろいろとありそうだけど」


「国連や他所の国からの勧告とか、被害者感情とか、日本独自の文化性とか、死刑廃止国との国交やら貿易やら、その辺りは置いといて。今後も死刑制度を維持するには、明治時代から放置してた問題と、人口減少から出てきた問題の二つがある。

 死刑執行するのも現場の職員だし、その為の設備や人材に賄う予算が必要だということ。死刑制度の維持か反対かの議論はあるが、その中でこの二つはあまり議題に上がる事が無い。

 その中の一つ、日本では死刑執行を現場で行うのは刑務官になる。これを解決しないままにしておくのは、どうかと思うのだけどね」


「死刑の執行も刑務官の仕事なんじゃないの?」


「では後輩君。刑務官の仕事とは何だと思う?」


「刑務官の仕事? それは受刑者が刑務所から逃げないように面倒を見ることじゃないのか?」


「それもある。では、刑務官の本分とは、何だか解るかい?」


「刑務官の本分、ね。社会治安を守る為に、犯罪者を隔離しておくこと、じゃないのか?」


「半分正解。社会正義を守る為に刑務所を運営することも含まれる。だけど、刑務所における刑務官の本分とはね、犯罪者である受刑者の矯正を図り、更正を援助すること、なんだ。

 つまりは犯罪者を反省させて、もう悪いことはしない良い子に矯正して、社会に戻す事が刑務官の職務の本分なのだよ。その為には受刑者も一人の人間として扱わなければならない。人権を尊重しないとね。くふふ」


「あぁ、矯正施設の中で、社会に順応するように洗脳しなおす訳だ」


「そうとも言える。教育と洗脳は違うと言う人もいそうだけど。刑務官にとっては、受刑者を生かして矯正して社会に戻さなきゃいけない。正義感溢れ人類愛を持ち強靭な精神と社会への責任感が無ければ務まらないだろう。素直に尊敬に価するね」


 まったくだ。人間があんまり好きじゃ無い俺みたいな奴にはできそうも無い。それだと刑務官は熱血教師みたいな人じゃないとできなくないか?


「ところが、死刑とは人を殺すことで社会から永久追放する刑罰だ。これでは人を生かして更正させるのが目的の刑務官に、死刑執行をやらせるなんていうのは問題じゃないかい?」


「なんだかそれって、小学校の先生が、どうにも手に負えない問題児は殺って良し、ということみたいだ」


「後輩君は言う事が極端だね。でもそういうこと。受刑者を改心反省させることが刑務官の本分。では死刑執行に応じる刑務官とは? 

 ここに犯罪者の社会復帰を手助けする刑務官が、犯罪者を社会に帰さない死刑執行を担うという、パラドクスが生じてしまう。

 1907年2月の監獄協会雑誌の中で、監獄の実務に携わる者達が、刑務官に死刑の執行を担わせることを再考すべし、と綴っているんだ。それから百年以上立つが、今もそのままだ」


 ずいぶんと長い間、ほったらかしてきたもんだ。じゃ、誰が死刑執行をすればいいんだ? もしかして、それがあの『死刑執行をしてもらいます』の手紙に繋がるのか?


「国家が人に人を殺せ、と命じるのが死刑。だけど現場で苦労する人が、かえり見られることは少ない。明治時代に突きつけられた問題に、現代はまだ答えを出せていないんだよ。これをどうにかするには、刑務官以外に死刑執行人を公務員として雇うか、外部委託するべきだね」


「刑務官に死刑をやらせるのが筋違いってのはわかった。でも、これまでそれで問題無かったんじゃないのか?」


「問題はいくつもあったとも。話題にもならず、黙殺されてきただけで。人を殺すことのストレス、苦悩、罪悪感。これで刑務官になりたがる人も少なくなる。でも社会を維持するには、こういった誰もやりたがらない仕事をする人が必要になる。それを嫌がる人にやらせた挙げ句に、職業選択の自由があるとか言う人は、厚顔無恥と言わざるを得ないね」


「死刑執行をやりたがる人となると、その人物が問題ありそうだ」


「個人的には縁もゆかりも無い、恨みも憎しみも無い者を殺すわけだ。更には刑務官となれば、その死刑囚と顔を会わせることにもなる。ちょっと考えてみようか? 毎日顔を会わせて挨拶する。敵意も憎しみも感じない。それどころかちょっとした世間話もしたりする。気が合って情が湧いたりするかもしれない。休憩時間に将棋を指したりすることもあるかもね。そんな顔見知りを、ある日、社会正義の為に殺せ、と命じられて、はい分かりました、とあっさりと殺せるものかな?」


「飼ってるなついた猫を、ある日殺せって言われるようなものか?」


「近いかもしれないね。経済的にも無縁で、職場の権力とも無縁。個人的な感情では恨みも憎しみも無い。そんな人物と顔を会わせて話をすれば、思うこともあるだろう。死刑執行に関わった刑務官の精神にかかるストレスとは、かなりのものになるだろうね」


「なんか、ドラマのネタにされてたような」


「死刑執行に関わり、自転車に乗れなくなった人もいたという」


「なんで自転車?」


「自転車のハンドルを握ると、絞首刑のロープを握ったことを思い出してしまうとね。触った感じが似てるらしいよ」


「自転車に乗る度に、手の感触で首吊り死体を思い出すわけか」


「死刑囚を刑場まで連行し、目隠しをして、首にロープをかけ、絞首台の足場を開くスイッチを押す。落ちてきた死刑囚の身体が変なバウンドをしないように受け止める人も必要だ。落ちて吊るされた死刑囚の嘔吐と痙攣が終わり、死亡が確認されるまでじっと見守らなければいけない。その後、死亡した死刑囚の身体を綺麗にして、納棺して運び出す、と」


「仕事とはいえ、キツそうな話だ」


「そして、刑務官にだって家族がいる。仕事を終えて家に帰ったときに、幼い娘さんが『パパのお仕事ってどんなの?』と聞かれたら、パパはなんと応えるのだろうね? くふふ」


「娘さんの年齢次第じゃないか?」


 パパのお仕事はね、死刑囚の首に縄をかけて吊るすことなんだよ、なんて家族に言うパパもなかなかぶっ飛んでいる。家族で食卓を囲んでそんな話をする家庭というのも、なかなかにエキセントリックだ。


「子供には刺激が強そうだ。年齢指定が必要か?」


「一方で法務省の刑務官の職務の説明には、

『刑務官は、被収容者の日常生活上の指導に当たって、それぞれの事情を踏まえ、ひとりの人間として被収容者に向き合い、きびしさの中にも優しさをもって接しています。

 刑務官は被収容者にとって、いつしか社会人としての模範となり、彼らを更生に導く役割を担っています。採用されてから経験を積む必要がありますが、人と関わる仕事を通じて、人が変わっていく姿を実感でき、自らも成長していけることは、他の職業にはない刑務官の仕事の大きな魅力といえます』と、ある。これで刑務官だから、仕事だから人を殺せ、と命じられるのはどうかと思うのだけどね。刑務官の仕事の満足度は、日本国内ワースト1位だ。人材不足と言われる現代、これは解決しないと人手が集まらないんじゃないかな?」


「そうなると、死刑執行という仕事をする専門家が刑務官の他に必要になるのか?」


「死刑を求刑する裁判官も検察も死刑執行はやりたくない、となると新しく雇うしか無い。いつまでも刑務官に死刑執行をやらせているのは問題だろう。令和になったんだから、司法も明治時代からちょっとは進歩するべきじゃないかい? 人材派遣業にでも頼む、というのも一案だ」

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