第3話 死刑があっても犯罪は減らない?


「死刑維持派の言うことには、死刑という極刑があることで、重犯罪の抑止になる、というものだ」


「まあ、そうでなかったら死刑はとっくに無くなっているか」


「だが、これはおかしな話じゃないか?」


「なにが? 死刑があることを恐れて、人は悪いことしない、というのが?」


「死刑という極刑がある。これを知らしめることで犯罪を抑止する。だが、死刑のことを詳しく知っている人はどれだけいる? 例えば日本の死刑の方法は? 首吊り? 電気椅子? 薬殺? 銃殺?」


「えーと? 残虐なものは、人権やら個人の尊厳やらで非難されるだろうから、薬殺?」


「日本の死刑は絞首刑だよ。アメリカでは薬殺。首吊りが残酷か、薬殺が拷問か、と議論になることもある。日本の場合、死刑を積極的に情報公開していない。だから、日本人の約四割が日本の死刑の手段を知らない。しかし、死刑が犯罪の抑止に繋がるというなら、何故、隠すのだろうね? 見せしめとするなら広く国民に見せるべきじゃないか? 例えばNHKで死刑を公開生中継するとかね」


「それは、反対する人がいそうな」


 テレビで死刑を生中継なんて、あー、見たがる人もいそうだけど、悪趣味だろう。


「人を殺すところを見たく無いって人の方が、多そうだ」


「死を遠ざけたい、というのは死を恐れる人には当然かな? 隠す方がより怖くなる、というのはホラーの手法ではあるけれど。アメリカで問題になったのが、死刑執行の瞬間を全米に散らばっている被害者の遺族800人に見せるため生中継したことがあったんだ。一応暗号通信で関係者以外は見られないようにね。まぁ、これは後に議論となったけれど。日本でも被害者遺族のことを考えたなら、処刑の立会いを認めるのがいいと思うんだ。死刑制度が社会治安の維持に必要なら、堂々と子供にも見せた方がいいのに」


「その子供には一生のトラウマになりそうだ」


「社会科見学で死刑執行の設備を見に行くのもいいだろう。未成年の犯罪が凶悪化するというなら、未成年の内に死刑制度のなんたるかを、しっかりと教えておくべきじゃないだろうか?」


 物騒なことを紅茶を飲みながら、ニヤニヤと笑いながら言う。解って言ってるだろう、この悪趣味猫先輩は。


「何故、わざわざ隠すようにコソコソとするのか。もっと堂々とすればいいのにねえ」


「そりゃまあ、できれば人の死ぬとこなんてのは、見たくは無いからじゃ?」


「隠して見せしめになるいうのが、僕は中途半端だと思うのだけど。さて、死刑制度が犯罪の抑止になる、という点では、実はそれほどでも無い、というのが解ってきた。アメリカを例にすると、死刑のある州と死刑の無い州で、犯罪の発生率があまり変わらない、という」


「おや? 死刑という極刑があるのに?」


「中でも快楽殺人者のようなサイコパスは、スリルを求めて、わざわざ死刑のある州に移動して犯行を行った、というのがある。犯罪を抑止する為の死刑が、とんでもない殺人鬼を呼び寄せてしまった、というのは実に傑作だ」


 くふふ、と僕先輩は楽しそうに言う。


「日本では、死刑を恐れた犯人が、殺人現場を目撃した人を殺した事件がある。死刑を恐れ過ぎた為に、事件を隠蔽しようと、より凶悪な事件を起こしてしまった例だ。犯罪抑止の目的の為の死刑が、より残虐な犯罪の動機となってしまうこともある。くふふ」


「笑っちゃいけないところのような」


「笑ってはいけない、となると、よけいに笑ってしまわないかい? イランでは1959年以来麻薬関連の罪で何千人もの人々を死刑執行して来た。だけどね、麻薬犯罪は減っていないんだ。イラン当局も死刑制度はイランの麻薬問題を撲滅するのに機能していないと認めてしまっている。同様に麻薬犯罪に対してかなり厳しい取り締まりを行なっているシンガポール、ここでも死刑は麻薬犯罪を抑止できていないという結果が出てしまっている。死刑制度の犯罪抑止効果に疑問が出てきてしまった」


「死刑を恐れても、犯罪を犯す人は減らないと? でも先輩、死刑で犯罪は減らせると思うけど」


「ほう? どうやって?」


「国民がゼロになるまで死刑にすれば、犯罪を犯す人もゼロになるから」


「それはまた壮大な計画だ。反対する人が多そうだ」


「実現は無理だろうけど。しかし、死刑にするぞと脅してもやる奴はやるってことか」


「この辺り、死刑在置派と死刑反対派で持ってくるデータが恣意的で、客観的に判断する材料にするには気をつけないといけないところでもある」


「統計を弄っちゃうのはダメだろうに」


「確証バイアスの問題は何処にでもあるよ。餓死者を減らす為に、路上で死んだら凍死、長年の栄養失調からくる内臓疾患は病死、空腹のあまり障子や雑草など、食べられない物を口にしての食中毒死。これらを餓死者にカウントしないことで、日本は餓死者の数が減ったんだ。くふふ」


「それ、実態は減ってない」


 酷い数え方もあったもんだ。確証バイアスか、自分がもともと持っている世界観と一致するデータや、それを裏づける意見だけを探して持ってくる。我田引水、牽強付会。自分の持論に都合のいい情報。

 それは、この僕先輩の言う話にも当てはまる。ニヤニヤ笑う僕先輩はそこも含めて言っているのだろう。俺は何でこの僕先輩に気に入られたのか。まぁ、こういう話を楽しめる同級生、というか同族は少ないか。


「死刑制度在置派にとって有力な説のひとつ、死刑が犯罪の抑止力になる、というのが揺らいで来た。そんなことは無い、と力説する人もいるけどね。いっそ日本で実験してみればいいのに。死刑のある県と死刑の無い県を作って、十年ぐらい凶悪事件の発生数を数えてみればいいのに」


「その実験に付き合いたくないって人が文句を言いそうだ」


「実態を確かめる為には、やってみるしか無いだろう? 原子力発電所のように、空港のように、反対する人を無視して強引に作ってみればいい」


「一度作ると廃棄は難しいものと比べられても」


「なに、一度やらかして失敗してこそ、学べるものもあるだろうさ」


「失敗しても、それまで注ぎ込んだものがもったいないから、失敗は認めないってこともあるだろうに」


「サンクコストの問題かい? そして人は迷走したまま暴走する」


「しかし、死刑が役に立たない制度かも、というのは初めて聞いた。となれば、拘る必要も無いってことか? でも、死刑が必要って人は、犯罪抑止よりも、加害者よりも、被害者の人権を守れ、とか、被害者の遺族の気持ちを考えろ、とか言いそうだ」


「あぁ、そうだね。死刑制度在置派には、感情的な、被害者に同情的な意見も多い。被害者の遺族の感情の為に、死には死を持って償え、とも、命を購うには命しか無い、とも言う」


「目には目を、歯には歯を?」


「ハンムラビ法典かい?」


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