⑩捜査開始
「なんですって?」
研二にコンが噛み付いた。
「ゴウリは人を殺すやつなんかじゃねぇぞ、適当抜かすな」
俺も、その発言だけは許せなかった。ゴウリに限ってそんなことはない。あるはずがない!
「なんでか教えてあげよう。窓の外を見たまえ」
その場にいた全員が、窓ガラスの先に積もる雪を見た。
「このデカイ足跡……!」
「キムナイヌのつけた足跡で間違いないだろう。この大きさの足を持つ人間はこの家にはいない」
「判断材料はそれだけかよ!さっきゴウリは中に入らず引き返したって言ってたぞ!」
「来たことは事実なんだ?なら少なくとも容疑者の一人には入るね」
「ぐっ……」
軽はずみな反論で、完全に墓穴を掘った。
「あのう、警察は来ないのでしょうか……?」
美恵が恐る恐る全員に聞く。クロハネが首を横に振ると、ああ、と言って項垂れた。
「それがですね.......警察は動けないんです」
彼の発言に、研二以外皆戸惑った。
「な、なんでだよ!」
思わず大きな声でクロハネを問い詰める。
「妖怪退治人、相談所がもし現場に居たり、関係者に含まれる場合は妖怪の保護、もしくは無力化が最優先されるそうです。つまり.......」
ああ、そうか.......俺たちさえ居なければ.......
「とにかく、犯人はキムナイヌ!窓を割り、部屋に入って兄さんを殺したんだよ。タバコが好きな妖怪なんだよね?なら、動機だってあるじゃないか」
彼の推理、もとい演説に誰も言葉を発さなかった。
「じゃあ、警察も来ないみたいだしキムナイヌを退治してよ。それがあなたちの仕事でしょ?猟銃なら貸すからさ」
歩美もそれに賛成なのか、何度も頷いていた。
「待って!」
突然コンが叫ぶ。いつものけ怠そうなコンではない。
「ゴウリの無実を証明する。だから、殺しはしない」
へぇ、と嫌味ったらしくにやりと笑う研二。
「いいよ、一日待ってあげるよ。でも、条件がある。無実を証明するだけじゃなく、犯人もついでに見つけてくれたら見逃してあげるよ」
ゴウリの無罪を証明するだけじゃなく、犯人も当てろって.......?俺たちは探偵でも警察でもないのに.......
「分かったわ」
それでもコンは強く答えた。
「必ず犯人を見つけてみせる」
部屋には、俺とコン、カエデとクロハネが残った。
「じゃあ、捜査を始めるわね」
「捜査って言っても……何すりゃいいんだ。俺たちは素人だぞ」
「あたしだってわかんないわよ。でも、やるしかないでしょ」
「そうだけどよ……」
コンはまず、遺体へと近づく。昨日までは元気にタバコの規制について熱弁を奮っていたのに、今ではもうそれを口にすることすらない。永遠に。
「腹部に、深く抉られた傷があるわね。鋭利な刃物でやられたみたいだけど……傷口が円形……?」
「ナイフで円を描くように切ったのか?」
「かも知れない。相当暴れた筈だから、こんな状態になったんでしょうね」
そう言って部屋を見渡す。テーブルは倒れ、戸棚は開けっ放しになっている。
「灰皿……割れてるわね」
テーブルから落ちた際に割れたのだろう、四角いガラス製の灰皿が真っ二つに割れている。その上には、タバコの吸殻が一本。
「ん……この灰」
「どうした?」
コンはタバコの灰を指差した。
「タバコの灰ってこんなに長くなるものなの?」
「いや、これは多分火をつけて吸わずに放置したんだろうな。たまに俺もよくやる。襲われる前に火をつけて、そのまま残ったんじゃないか?」
そう……と納得のいかないような返事をされた。
「あとは……やっぱりこの窓よね」
「思ったんだけどさ、この大きさだとゴウリ、通れないよな?」
穴の大きさは直径1m程度。ゴウリが通るにはかなり小さい。
「確かに通れないわね。やっぱりゴウリは被疑者から外れるわ」
「よかったぜ……」
「安心しないで、犯人を見つけないとゴウリは犯人として処分しないといけなくなる。それに、窓からは入れなくてもドアからは入れるなんて難癖つけられたらどうしようもないわ」
そうだった。犯人を見つけない限り、ゴウリは助からない。でも果たして本当に、見つかるのだろうか。
「あらぁ?」
「どうした、カエデ」
「部屋の中にガラスの破片がたくさんないの、変じゃないかしらぁ」
「あっ!そうよ!」
コンがぽん、と手を叩く。
「ガラスが外側から割られたなら、部屋の中にガラス片が散乱するはず。でもガラス片ほほとんどは部屋の外に飛んでる。ってことは」
「てことは、窓ガラスは中から割られたってことかよ?」
暴れてる時に何かが飛んで割れた、もしくは身体が強く当たって割れた.......とかだろうか。
「そうなるわね」
「なんで犯人はそんなことしたんだ?」
「さぁ?」
「さぁって、お前なぁ」
後ろを振り返ろうと、足を踏み込んだ瞬間、右足の裏にちくりと微かに痛みが走った。
「ん?なんだこれ」
ガラス片、であることは間違いなかった。だが、窓ガラスのものとはどうやら違うらしい。微妙に湾曲している。
「如月、それ見せて」
それをコンに渡すと、コンはそれをマジマジと眺めた。そしてあろうことか、それを舐めた。
「ばっ、何やってんだ!舌切っちまうぞ!」
「ごめん、ちょっと気になったから」
それを徐にポケットに入れると、また部屋を捜索し始めた。
すると先程まで黙っていたクロハネがドアを指差し、不思議そうにコンに聞いた。
「犯人はドアのチェーンをどうやってかけたのでしょうか。出口はドアしかないですよ」
「クロハネくん、出口ならそこの窓ガラスがあるだろう」
名探偵よろしく指摘したつもりだったが……
「足跡がないわよ。ゴウリのしかない」
「あぁ……そうか……」
ちょっと待て。そうするとこれはどういうことだ?出口は一つしかない。なのに、その一つしかない出口にはチェーンがかかっている。つまり、これって俗に言う.......?
「これっていわゆる密室殺人……なのか」
「ええ、そうなるわね」
コンは立ち上がり、尻尾と背筋を伸ばす。
「うーん、初事件が密室殺人とはね。とんだ洗礼だわ」
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