⑧惨劇は蒸留酒の味がした。

翌日、カラスの鳴き声で目が覚めた。恐らくクロハネの鳴き声だろう。しかし、もう朝なのか……全く寝た気がしない。酒を飲んで寝るといつもこうなる。それにソファで寝たから余計にだ。コンはというと、まだベッドに突っ伏し眠りこけている。依頼もほぼ終わったことだし、もう少し寝かせてやることにした。

タバコに手を伸ばすが、昨晩のことを思い出し、伸ばした手を引っ込める。だがやはりタバコは吸いたい。裏庭で吸うか……それなら誰にも迷惑はかからない。部屋を出、コートを羽織る。裏口の扉を開けようとしたところで、使用人室からカエデが出てくるのが見えた。

「おーい、カエデ。おはよう」

「あら、真司くん。おはよぉ」

にこやかに笑ってみせ、ご機嫌なのか首を伸ばしてみせた。

「昨日はコンの話し相手になってくれてありがとな」

「とても楽しかったわぁ。もっとお話したいから、今日も泊まっていって欲しいくらいよぉ」

「いや、流石に迷惑だからコンが起きたら帰るぜ。帰る前に観光したいってコンも言ってたしな」

あらぁ、と悲しそうに首を引っ込めた。

「ならせめて朝食だけでも食べていってよぉ。あと、駅まで送るから準備できたら教えてねぇ」

おう、と返事をし、裏口へ引き返そうとしたところでカエデに止められた。

「あらぁ、裏口に何か用事でもあるのぉ?」

指を二本立て、タバコのジェスチャーをする。カエデも指で丸をつくり、オーケーのサインをだした。

裏山は相変わらず枯れ木が風で揺れている。昨日ほど強くはないが、今にもゴウリが出てきそうな雰囲気だった。……?ゴウリが?タバコに火をつけた瞬間、気付いた。風が煙を攫い、山へと運ぶ。ゴウリが来るまで時間は要さなかった。

「キサラギか。またタバコくれるのか」

ここでタバコを吸うとゴウリが来るということを完全に失念していた。取り引きが終わった今恐れることは何もないのだが、やはりいきなり現れると驚くことに変わりはない。

「あ、ああ。いいぜ。一緒に吸うか」

タバコを燻らせながら、そういえば、とゴウリが話し始める。

「タバコの匂いが、この家の反対側からしたんだ。だから、行ってみた」

「ほう」

タバコを部屋で吸っているのは康一だけだから、恐らく康一の部屋から匂いが漏れたのだろう。康一もいきなりゴウリに会ったんじゃあ、相当驚いたに違いない。

「窓が割れてたから、そこから匂いがしたんだ。でも、中には入れなかった」

その言葉が何を意味するのか理解することが出来なかった。窓が、割れている……?

「ゴウリ、それいつの話だ」

「さっきだ。キサラギが来る少し前だな」

「ゴウリ、また後でくる」

わかった、と頷くとゴウリは山へと戻っていった。それを見送ると同時に、使用人室へと走った。

中にはカエデがいた。朝食の準備をしていたのか、使用人室内には香しい香りが漂っている。

「カエデ、康一さんの部屋の窓ガラスが割れてるらしいぞ」

「あらぁ、また窓ガラス割れちゃったのぉ?困ったわねぇ、修理して貰わないとねぇ」

そう言ってコンロの火を消し、康一の部屋へと向かって行く。カエデに続き、俺も向かった。

康一の部屋の前に着くと、カエデがノックをした。しかし返事はない。

「おかしいわねぇ。康一さん、いつもこの時間には起きてるはずなんだけどぉ」

「うーん、ちょっと心配だよな。鍵、開いてねぇかな」

「あっ、ちょっとぉ」

カエデの声を無視して、ドアノブに手をかける。施錠はされていなかった。そのままノブを引っ張る……が。ガツンと嫌な手応えがあった。チェーン錠がかけられている。そして隙間からは……強烈な冷気が吹き抜けてきた。

「寒っ!……おい!康一さん!中にいるんですよね!?返事をしてください!」

明らかに何かがおかしい。ゴウリの話では、窓ガラスが割れている。それなのに、部屋はチェーン錠で施錠されていて、中には確実に康一さんがいる。一体何が起こっているんだ!?さっぱりわからない!

「カエデ、番線カッター持ってきてもらえる?」

声の主は、コンだった。冷静に、淡々とそう言った。

「コン、何かがおかしいんだ!康一さんの部屋の窓ガラスが割れてて、なのにチェーンがかかってて……」

「落ち着いて、如月。とにかくカエデ、番線カッターよ」

カエデはただ頷いて二階の物置へと走っていった。

「嫌な予感がするわ」

「嫌な予感ってなんだよ!説明してくれ!何が起こってる!?」

コンは何も答えなかった。

一分も経たないうちに、カエデが戻ってくる足音が聞こえる。

「持ってきたわよぉ、コンちゃん」

「如月、チェーン切って」

「わ、わかった」

カッターの先でチェーンを挟み、思い切りバチリと切り落とす。するとチェーンは真ん中で割れ、だらしなく垂れ下がった。

恐る恐る、中に入る。寒い。とてつもない寒さが部屋を充たしていた。そして部屋を見渡すと、誰かが物色したかのようにかなり荒れていた。昨日見た時とは全く違っている。物が散乱し、テーブルもひっくり返っている。そして問題の窓ガラスは、真ん中あたりが丸くぽっかりと空いていた。その空間のすべてが異様だった。だが、一番に異様だったのは、テーブルの横で仰向けになり血塗れで天を仰いでいる、九十九康一自身だった。

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