⑦燻る紫煙、煙る関係

客室に戻りソファに腰掛けタバコを燻らせていると、ドアがノックされる音が部屋に響いた。コンだろうか?そういえば、鍵は俺が持ってきてしまっているから中に入れないのだった。慌てて鍵を開け、ドアを開ける。しかし、そこにいたのはコンではなく康一だった。

「こんな時間にすまないね。もし良かったら私の部屋で一杯やらないかい。酒ならいいやつがたんまりあるよ」

特に断る理由もなかったので、少しだけ頂きます、と言って部屋にお邪魔することにした。

「如月さんはタバコは吸うのかな」

「ええ、かなりのヘビーです」

おお、と軽い歓声をあげる康一。

「この家でタバコを吸うのは私だけでね。肩身の狭い思いをしていたんだよ。せっかくだから今日は一緒に飲みながら、現代の異常なまでのタバコ規制について語ろうではないか」

正直その話には興味が湧かない。現代においてタバコが害悪視されるのなんて当然だと喫煙者の俺でも思う。むしろどんな酒を飲ませてくれるのかという方が気になっていた。食堂の前を通りかかった時、客室の鍵を持ったままなのに気付く。危うくコンが部屋に入れなくなる所だった。

「すみません、コンに客室の鍵を渡してきます。直ぐ済むので」

はいはい、と康一は手をあげる。

「玄関の手前の部屋が私の自室だから、用事が済んだらノックしてくれ。先に行って準備をしているよ」

こちらも手を振り、食堂の観音扉を押し開く。コンとカエデはまだ話し込んでいた。テーブルには大量の空になった酒瓶が乱雑に置かれている。二人とも相当飲んでいるらしい。

「コン、ちょっと康一さんと飲んでくるから鍵渡しておくぞ」

コンはあーい、と返事をして鍵を受け取ろうとしたが、視界が歪んでいるらしく上手く掴めない。

「ほどほどにしとけよ」

「っるさい。でね!カエデ、こいつがね……」

なにやら俺に関する愚痴を零しているらしい。カエデもそんなに親身になって聞かなくてもいいのだが。

食堂を後にし、康一の部屋へと向かう。すると、康一の部屋の前に人影が。研二だった。

「研二さん、どうしました」

ああ、如月さんかぁ、とへらへらしながら康一の部屋の前で立ちつくしている。

「いやね、ほら、さっき兄さんに呼ばれたから来たんだけどさ、チェーン錠の隙間から俺の顔みたらシリンダー錠までかけて籠城しちゃってね。呼んだくせに会ってくれないのよ」

「今から康一さんと飲むことになっているのですが、一緒に入りますか?」

すると研二は手を顔の前で左右に激しく振った。

「いやいや、いい、いい。気分悪くなるだけだから、俺は退散する。じゃ、楽しんでね」

そのまま二階への階段を上り、研二の姿は見えなくなった。

康一の部屋のドアをノックしてみる。反応はない。康一さん、如月ですけど、と大きめの声で呼びかけるとドアが少しだけ開く。康一が隙間から顔を覗かせたが、チェーン錠が掛けられていた。

「ああ、如月さん。失礼。すぐに鍵を外すから」

もう一度ドアが閉まり、錠が外れる音が聞こえた。そしてまた開く。今度は大きく開いた。

「さぁ、中に入ってくれ。夜更けまで語ろうじゃないか」

結局、俺達が解散したのは24時を過ぎた頃だった。話がつまらなかった、というわけではなかったのだが、長旅の疲れと酔いには勝てず、早めに休ませてくれと俺から懇願したからだった。

そういえばコンとカエデはどうしているだろう。あれから数時間は経っているから、もう流石に解散しただろうか。一応、食堂も覗いてみることにした。

食堂までの道で、偶然クロハネに会った。そういえば彼に会うのは久しぶりな感じがした。思い返せば車を降りてから会っていなかったことになる。今までどこにいたのだろうか。

「おう、クロハネ。今までどこにいたんだよ」

「車を車庫に入れて日没を知らせてから、ずっと使用人室に居ました。恥ずかしながら仮眠をしてまして」

「あぁ、それじゃあもしかしてカエデと交代するのか」

「ええ、そうなんですがカエデが見当たらないのです。どこに行ったのでしょう」

それなら、と食堂にいるかもしれないことを伝え、俺も向かうところだと言った。

「では、一緒に参りましょう」

クロハネと肩を並べ、食堂へと向かう。観音扉をそーっと開くと、女二人は仲良くテーブルに突っ伏して眠りこけていた。

「起こすのもはばかられますし、カエデは私が背負って使用人室まで運びましょうかね」

クロハネはそう言うとカエデをお姫様のように抱え、一礼をしておやすみなさいと小声で呟き食堂を後にした。

さて、俺もこいつを運んで休むとしよう。コンを背中に乗せ、ゆっくりと立ち上がる。だがその瞬間、背中に鈍痛が走る。

「うぐっ!」

「降ろせ!この変態!」

「起きたか……なら自分の足で歩け!」

そのまま手を離すとコンは尻餅をついた。

「いったい!ちょっと!レディなんだからもっと丁寧に扱ってよね」

はいはい、と生返事をし、客室に戻る。コンもふらつきながらも後をついてきているようだ。

「コン、鍵開けてくれ」

「あ、そっか。あたしが持ってるのか」

パーカーのポケットから鍵を取り出し、ドアを開ける。そのままコンはベッドに飛び込むと、大きなイビキをかいて寝始めた。

「一服してから寝るかな……」

胸ポケットからタバコを取り出そうとする……が、タバコが無いことに気付いた。どこかで落としたか?康一の部屋で吸った時はあったのだが。まぁ、カートンを持ってきているし、困ることは無い。新しいタバコをバッグから取り出し、封を開けて一本取り出す。火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出した。その煙を吸ってしまったのか、コンがけほけほとむせ込んだ。ため息をつき、まだ一口しか吸っていないタバコを灰皿で揉み消す。

「確かに肩身が狭いな」

誰に言うでもなく呟き、俺もそのままソファで眠りに落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る