⑥カラス鳴き、不穏な空気

食堂に着くと、すでにそこには数々の煌びやかな料理が用意されていた。思わず腹が鳴り、涎が垂れる。コンも同じく涎を垂らしていた。

「これ、全部カエデが?」

「ええ、そうです。彼女は料理の天才だからね」

満足そうにカエデを褒めてみせる康一。カエデも後ろで照れながら笑っている。ちょっと首が伸びているのは気のせいだろうか。

皆で笑っていると、突然、カラスの鳴き声が館内に響き渡った。

「え、カラスの鳴き声……?」

あぁ、と研二。

「クロハネだよ。日没と日の出の時間に、必ずああして鳴いて教えてくれるんだよね」

そういえばカラスに姿を変えられるって言っていたのを思い出した。

「じゃあ、クロハネも鳴いたことだし食べるとしようか。頂きます」

頂きます、と全員で復唱し、食べ始めた。コンは行儀など知らない子供のようにがっついている。それにしても、本当に美味しい。

「本当に美味いぜ、カエデ」

イエーイ、と背後でピースサインを返すカエデ。嬉しそうに「デザートの用意してくるわぁ」と言って使用人室に戻っていった。しかしカエデが出ていくとほぼ同時に、研二が康一に向かって吠えてかかった。

「兄さん、そういえばいつになったら返してくれるのかなぁ、貸したお金」

それは突然だった。研二が、実に嫌味ったらしくこちらにまで聞こえるような大きさで康一に言う。

「研二、その話は今しなくていいだろう」

朗らかだった空気が、一変したのがわかる。コンだけはそれを無視して食べることに無心で気づいていない。

「兄さんの会社が立ち行かなくて、どうしてもって言うから貸したけど、こっちも首が回らなくてさぁ。早急に返して欲しいんだよね」

康一は食事の手を止め、立ち上がった。

「後で俺の部屋に来てくれ」

部屋に帰ろうとする康一に、研二がさらに毒を吐きかける。

「ええ?やだよ。逆恨みされて殺されでもたら堪らないし」

康一は一度立ち止まったが、振り返ることなくそのまま食堂から立ち去った。

ほどなくして、歩美も食事を中座しその場を離れた。その時、歩美の背後に何かが落ちているのが見えたので、声をかけた。

「歩美さん、何か落としましたよ」

あら、と言って彼女は床に落ちた何かを拾い、こちらに見せた。

「すみません、私のイヤリングです。如月さん、ありがとう」

そう言い残すと彼女は背を向けて去っていった。


そして研二は淡々と食事を済ませると、美恵と共に無言で部屋に戻っていった。

「仮にも俺達は客なのに、こんな仕打ちあっていいのかね」

「ちょっと非常識ね」

一応は話を聞いていたらしく、コンはぽつりと言った。取り残された俺達二人はただ目の前の豪華な食事をつつくしかなかった。


しばらくして、カエデが食堂に戻ってきた。手には大きなホールケーキが乗せられている。

「おお!これ焼いたのか」

「そうよぉ、チーズケーキ焼いたの……って、他の皆はぁ?」

事情を説明すると、ああ、なるほどねぇと合点がいったようだった。

「いつものことだからぁ、気にしないでぇ。それにしてもぉ、どうしようかしらぁ。ケーキ余っちゃうわねぇ」

「ケーキなら心配しないで。ここに大の甘党が二人いるから」

それを聞いて、良かったぁとカエデは嬉しそうにケーキを取り分け始める。ホールケーキを真っ二つに切り分け、大きめの皿に盛ってくれた。

「カエデも一緒に食べようよ。あたしの半分あげるから」

「いいのよぉ、私はいつでも食べられるからぁ。でも、お話はしたいわぁ。いいかしらぁ?」

「いいわね。ガールズトークといきましょう」

ガールズトーク、か。むしろ妖怪トークな気もするが。どちらにせよ会話についていける気がしないから、さっさと食べて退散することにする。ケーキをよく味わいつつも、なるべく早くかきこむ。勿体ない気もしたが、ガールズトークもとい妖怪トークに巻き込まれ味が分からなくなるよりはましだろう。しかし流石にすべて平らげる頃には腹がパンパンに膨れてしまっていた。もう何も入らない。

「ご馳走さま、カエデ。じゃあ俺は部屋に戻るぜ」

「お粗末様でしたぁ、コンちゃんも戻るのかしらぁ?」

コンはううん、と首を横に振る。

「もう少し話そう。あ、部屋のお酒持ってくるから一緒に飲もうよ」

「それなら厨房に色んな種類が、それも大量にあるからもってくるわぁ。何がお好みかしらぁ?」

どうやらこの二人は意気投合したみたいである。というより、コンがカエデを気に入っているようにも思えた。そういえば、コンが女の友達だとか妖怪に会ったり話をしたり、なんてことは今までなかった気がする。だから、たまには同性の話し相手が欲しいのかもしれない。ここは、心行くまで話して貰おう。俺は静かに観音扉を抜け、客室へと戻った。

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