⑤出会いはタバコの芳りと共に

使用人室にいたカエデに裏口の場所を聞くと、使用人室と客室の間にそれはあったらしい。ということは今ちょうど通った道にあったということだ。引き返し、それと思しき外に繋がる鉛色の扉を開ける。風が雪とともに廊下に吹き荒び、俺達を中から出るのを拒むかのように唸った。

なんとか外に出ると、確かに目の前には小高い山がある。木々は雪で粧され、揺れている。

「で、あの山に入って探すのか?よく考えたらこんな装備じゃいくらなんでも山登りなんかしたらお陀仏だぜ」

「いいえ、こっちに来てもらうわ」

こっちに?どうやって呼ぶというんだ?妖怪の言語を使って大声で山に話しかけるとかだろうか。

「如月、タバコ出して」

「え?タバコ?ほれ」

コートのポケットからタバコを取り出し、コンに差し出すが、それを吸えというジェスチャーをされる。よくわからないまま、タバコに火をつけ、深く吸い込む。紫煙を吐き出し、それは風に乗って山の方へと消えていった。横を見るとコンもタバコに火をつけている。だが、吸うことはなかった。

「吸いきっちゃっていいのか?」

「少し残しておいて。あ、ほら来たわよ」

「えっ」

コンが指さす方を見ると、ただ木が揺れているだけだった。だが、揺れ方が次第に激しくなる。明らかに何かにゆらされている様な……そんな揺れ方だった。そして、それは一瞬のうちに現れた。


目の前が、一瞬暗くなる。停電?いや、ここは外だ。そして日没にはまだ早い。何が……?

「おい、それをくれ」

頭上で、声がした。恐る恐る上を見上げると、巨大な人型の妖怪が、目の前に立っている。あまりの身長と体格に、腰が抜け、その場にへたりこんでしまった。口に加えていたタバコも、恐怖で歪んだ口元からぽろりと落ちる。

「あぁ、勿体ないことをする」

目の前の妖怪、キムナイヌはもさもさの髪をぼりぼりと掻きながらさも残念そうに呟いた。

「はい、これあげるわ」

横にいたコンは火のついたタバコをキムナイヌに差し出した。

「いいのか。ありがとう」

それを受け取ると、キムナイヌはたった一吸いで根元まで灰にしてしまった。そして満足そうにゆっくりと吐き出す。

「うまい。もっと欲しい」

「いいわよ。でも、言う事聞いてね」

「わかった。どうすればいい」

キムナイヌはその場に腰を下ろし、コンと俺を見つめた。

「まず質問に答えて欲しいの」

「わかった。何を答えればいい」

俺は黙って二人のやり取りを見ていた。

「この辺の動物や人を襲ったのはあなた?もしそうなら何でそんなことをしたの?」

「ああ、俺だ。この家に住むタバコをくれる奴と会えなくなって、仕方なかった」

そう、と言ってコンは火のついたタバコを一本キムナイヌに渡す。

「その人、亡くなったそうよ」

「.......そうだったのか。やっぱり人間は、死ぬのが早すぎる」

貰ったタバコを吸い、キムナイヌは悲しそうに頭を抱えた。

「家畜や人を襲わないって約束するなら、この一箱全部あげるわ」

キムナイヌはそれに手を伸ばそうとするが、ううん、と唸り手を引っ込める。

「これが無くなったら、また襲うかもしれない。だから、約束できない」

そう言って至極残念そうに俯いた。こうして話を聞いてみると、そこまで悪い妖怪ではないように思えてくる。

「そっかぁ。ならタバコが定期的に貰えれば、悪さはしないって約束できる?」

するとキムナイヌは顔をあげ、嬉しそうに頷いた。

「ああ、約束する。またこの家の手伝いだってしてやる」

「それはよかった。じゃあ、この家の人に頼んでみるわ。とりあえずこのタバコはあげる。じゃあ、また来るからね。えっと……あなた、名前は?」

「ゴウリ。お前らはなんて名前だ」

「コンと、如月よ。よろしくね」

ゴウリは厳つい顔をしていたが、笑うと実にいい奴そうな表情をした。

「そうか。コン、キサラギ、よろしくな。じゃあ、オレは帰る。また」

そう言うとゴウリはその巨体には似つかないほどの速さで、また山へと戻っていった。

さて、と言いコンは裏口の扉に手をかける。

「完全勝利とはいかなかったけど、まぁいいでしょ」


裏口から廊下に入ると、人集りが出来ていた。康一と歩美だけでなく、見知らぬ顔が二人。

「えーっ!義姉さん、こんな若いヤツらに頼んだのかよ。どうせ今回も逃げ帰るだけだって」

「おい、研二。やめないか」

ぴしゃりと康一がその男を叱った。康一と同じくスーツ姿ではあるものの、どこか服に着られてしまっているような背の低い、痩せぎすな風体の男。髪はパーマをかけているのかウェーブがかかっていて、丸メガネをかけていた。

「すみません、弟が失礼なことを。こちらは弟、研二です」

研二はへらへら笑い、手を振ってみせた。

「で、どうだったのよ。まず、話をすることはできたのかな?」

おちょくるのが好きなのか、今までの退治人が無能過ぎて嫌気がさしているのかはわからないが、俺らに好意を持っていないことはよくわかった。

「うん、タバコを定期的にくれれば悪さはしないし家の手伝いもするそうよ」

あちゃー、と手を頭にあて大げさに落胆したような素振りを見せる。

「結局、モノで釣ることしか出来なかったのね。でもまぁ、今までの退治人は話をする前にビビって逃げてたのもいたくらいだから、ましな方か」

「それくらいで済むなら、こちらとしても助かるよ。いやぁ、君たちを呼んで本当によかった」

康一が俺とコンに握手を求め、にこやかにお礼を言った。とりあえずではあるが、これでこの案件は解決したらしい。

「今日はもう暗くなるから、どうぞ泊まって行ってくださいね。夕食も用意してありますから」

歩美の隣にいた女が言った。この女はまだ紹介されていなかった。それに気づいた研二が、あぁ、と言って彼女に挨拶を促した。

「申し遅れました、研二の妻の美恵です。この度は本当にありがとうございました」

ぺこりとお辞儀をする美恵。セミロングの真っ黒な髪が美しい女性だ。こんなに綺麗な女性が、何故研二と結婚するに至ったのか小一時間問い詰めてみたいと思った。

「では、食堂に行こうか。カエデが腕を奮って美味しい料理を作ってくれてるはずだからね」

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