④キムナイヌの生態、そして被害

鉄製の巨大な門をクロハネが押し開くと、そのまま促され中へと入る。小さく見えていた洋館だったが、目の前にしてみるとかなり大きい。赤茶色のレンガ造りで、二階まであるらしい。屋根の上では錆びた風見鶏が元気にカラカラと回っている。

「かなり吹雪いてきましたから、中へ入りましょう。裏庭は雪が止んでから案内しますよ」

そう言って、クロハネは玄関のチャイムを鳴らす。

「クロハネです。お客様をお連れしました」

そうインターフォンに話しかけると、誰かが出てくるのを待つでもなく、彼は踵を返し車の方へと戻っていってしまう。

「おい、どこ行くんだよ」

くるりとこちらを向くと、笑顔で答えた。

「車を車庫へ入れないと、雪で埋もれてしまいますから」

そう言い残し、彼は車にまた乗り込んだ。それを見送った直後に、玄関の扉が軋みながら開く音が聞こえた。

「あらぁ、お客さんねぇ」

扉からひょっこり顔を出したのは、若い女だった。肩までの短い髪で、少し染めているのだろうか、淡く茶色がかっている。今風のボブカットで、かなり美人な部類に入るのではなかろうか。少しばかりどきりとしたのは黙っておくことにする。

「はい、退治人の白露と如月です。よろしくお願い致します」

あらぁ?と首を傾げる女。何か合点がいかない、といった様子である。

「白露さんって方だけじゃなかったのぉ?まぁ、いいけどねぇ。白露さんはあなたかしらぁ?」

そう言って俺のことをじっと見る。やはり、ここでも勘違いされていた。

「違うわ。あたしが白露」

ふんふん、と女は頷く。じゃあ、と言ってまたこちらを見る。

「貴方が如月さんねぇ。よろしくぅ」

そう言って、扉を開ける。しかし、普通の開け方ではなかった。首をぐるりと回し、そのまま頭で扉を開ける。そして、長い廊下のはるか先に女の体はあった。

「はぁい、私カエデよぉ。使用人をしているわぁ。よろしくねぇ」

どうやら妖怪、ろくろ首だったらしい。先程どきりとした、と言ったがそれは無かったことにする。


カエデに連れられ、真紅の絨毯が敷かれた廊下を歩く。廊下は壁に提げられた燭台と深茶色の壁がどこか優しい雰囲気を醸し出している。

「お二人さぁん。下のお名前はなんていうのかしらぁ」

その質問にはコンが先に答えた。

「コン。白露コン」

「俺は真司」

ふんふん、とまた頷くカエデ。

「じゃあコンちゃんと真司くんて呼ぶわねぇ」

その申し出に若干不服そうなコンであったが、別に俺はどう呼ばれようと構わなかったから、勝手にどうぞ、とだけ返した。

「着いたわぁ、ここが食堂よぉ。家人を呼ぶから、ここに座ってちょっと待っててねぇ」

食堂の観音扉を開け、中に入る。豪華絢爛とまではいかないが、十分に立派な装飾が施された食堂であった。壁には老人の肖像画が掛けられているが、誰かは分からなかった。歴史上の偉人という訳では無さそうだが、有名な方なのだろうか。

カエデに促され、席に座る。白露家のソファと比べてはいけない気もするが、座り心地は最高だった。このまま寝てもいいなら、すぐにでも深い眠りに落ちれるくらいだ。

カエデは食堂を後にし、家人を呼びに行ったらしい。食堂に残された俺達は何をするでもなく、ただただ家人が来るのを待った。


十分程経った頃だろうか、後ろの観音扉がコツコツ、と叩かれた音がする。はい、と返事をすると、ゆっくり扉が開いた。背の高い、短髪で目の細い男。彼はにこやかに手を挙げた。

「やぁ、よくぞおいでくださいました。九十九家にようこそ」

朗らかな表情に、声。優しそうな男だった。そしてその後には、これまた背の高い女。ぺこりと会釈をすると、こちらに歩み寄る。

「こちらが九十九康一、この家の主です。私が妻の歩美、依頼をしたのが私です。どうかよろしくお願いします」

はいはい、と軽く返事をするコン。そして、じゃあ早速、と両手をテーブルの上で組む。

「退治して欲しいのはキムナイヌよね。具体的に何があったのかしら」

ううむ、と唸る二人。そしてぼそぼそと話し始めた。

「まず、近隣の家畜が被害にあった。殺されちゃったんだ。あとは人を襲ったこともある。命は助かったけどね」

家畜が殺され、人が襲われる……?その言葉に愕然とした。昨日は弱そう、とか言ってしまったが、もしかしたらとてつもなく強大な力を持つ妖怪だったのか?話し合いで解決しないなら……


「ちょっと待って、それなら何故あなた達が依頼したの?依頼してくるなら本来その被害に遭った人たちでしょ」

ああ、そのことなんだけど、と康一は言った。

「今は亡き私の父が、そのキムナイヌと交流があったらしいんだ。そして父が死んでから被害が出始めたものだから、関連があるんじゃないかってこの辺の皆に糾弾されちゃってね」

ふうん、とコンは鼻を鳴らした。

「なるほどね、被害と状況はわかったわ。早速会いに行ってくる。どこにいるの」

「裏山だよ。そこへ通じる裏口があるから、あとでカエデに案内させよう。でもとりあえず、荷物を部屋に置いて少し休んだらどうかな。別に仕事は明日やってもらったって構わないからね」

その申し出は大変有難かった。正直、長旅でかなりへろへろだった。コンも顔には出さないが、疲れているに違いない。

「ありがと。じゃあ、そうしようかな」


戻ってきたカエデに案内され、廊下を進む。どうやらこの家は一番奥にある食堂を中心にコの字型になっているらしい。左側には玄関と家人の部屋、右側は客室と使用人室。二階は物置と、家人の部屋がいくつか。二階には特に用も無いから、立ち入ることはないだろうと言われた。

「ここが客室よぉ、はい、これが鍵ねぇ」

そう言って、カエデはシリンダー錠の鍵を差し出す。

「じゃあこの部屋は私ね」

あれぇ、とカエデが不思議そうな顔をする。

「一緒の部屋じゃダメだったかしらぁ。てっきり、コンちゃんと真司くん、付き合っているものだとばかり思ってたのよぉ」

「ち、違うわよ!何言ってんのよあんた!」

くすくす、とさぞや面白そうに笑うカエデ。人をからかうのが好きなのか、とても楽しそうにしている。

「ごめんなさいねぇ、でも、今この部屋しかないのよぉ。あと一部屋あったんだけどぉ、窓が割れちゃってるのよねぇ」

「窓が割れた?なんでだよ」

ううん、と唸るカエデ。

「それがわからないのよぉ。ある日突然割れてたのぉ。だから申し訳ないけどぉ、二人で使ってねぇ」

コンはむくれていたが、仕方ないとため息をついて鍵を受け取った。

「そうそう、部屋の中にクッキーと紅茶を用意しておいたからぁ、良かったら食べてねぇ」

「おぉ、ありがとな。頂くぜ」

鍵を開け、部屋に入る。中はテレビでみる一流ホテルのそれに負けず劣らず豪華な内装であった。生活に必要なものはすべて揃っていると言っても過言ではなさそうだ。

「おぉ、すげぇ部屋だな」

「ねぇ見て!如月」

コンが戸棚の中から何かを取り出してみせる。両手にはウイスキーのボトル。これまたいいものを用意してくれていたらしい。

「おう、だけどまずは紅茶だな。せっかく淹れてくれたんだし。んで、飲んだら早速キムナイヌに会いに行くぞ」

「そうね、そうしよう。明日でいいとは言ってくれたものの、早く観光したいからさっさと済ませたいし」

紅茶をカップに注ぎ、口をつける。少し冷めていたが、アールグレイのいい香りがした。クッキーもカエデが焼いたものなのか、ほんのりあたたかい。クッキーを齧りながら、キムナイヌについてコンに聞いてみた。

「キムナイヌって人を襲うのか」

「基本的には襲わないはず。襲うこともあるにはあるらしいけど、それはあるものが欲しい時だけ。そして人を殺すことはない。これにも理由があるの」

それを聞いて少し安堵した。なら、なんとかなるかも知れない。

「あるもの?」

「うん、すぐわかるわよ」

ふうん、とだけ返し、また紅茶を啜った。

紅茶を先に飲み終えたコンはカップをソーサーに置くと、コートを羽織って扉へと向かった。俺もクッキーを口に詰めれるだけ詰め込み、コートを脇に抱えコンのあとを追った。

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